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米政府に強制連行された=沖縄出身者を探す=―訴訟支援するシミズさんらー=賠償額少なく謝罪不十分=情報提供呼びかける

11月24日(水)

 【琉球新報二十三日】第二次世界大戦中に米政府により強制連行された、南米の日系人への謝罪と賠償を米政府に求めて活動している日系ペルー人口述記録歴史プロジェクトのグレース・シミズさん、カリフォルニア大学院のウエスリー上運天さんらが、二十二日、沖縄県庁で記者会見した。シミズさんは強制連行された日系人の中でも、沖縄出身者が多数を占めたと説明。「戦後、米国から沖縄に帰郷した人々の証言を聞き取り、米政府に訴えたい」と話し、情報提供を呼び掛けた。
 シミズさんによると大戦中、南米十三カ国、二千二百六十四人の日系ラテンアメリカ人が米政府に連行され収容所に入れられた。日系ラテンアメリカ人は、一九九六年八月、米政府に対し強制収容の謝罪と賠償を求め訴訟を起こした。両者は九九年に合意し、米政府が賠償金を支払ったが、同様の体験をした米国内の日系人に比べ、賠償額が四分の一程度だったことや謝罪が不十分だったため、十七人が受け取りを拒否した。
 訴訟を支援してきたシミズさん、上運天さんは米政府に強制収容された沖縄の関係者から人権侵害の実態を聞き取ることで、訴訟や活動を後押ししたいとしている。
 シミズさんはさらに、米中枢同時テロ後、米国内で多数のパキスタン出身者やアラブ系移民がテロリストの疑いを掛けられ、不当な捜査や迫害を受けている現状を説明。「第二次世界大戦中に日系人が受けた迫害と同じことが繰り返されている。米国の実態を多くの人に知ってほしい」と強調した。
 会見にはペルー移住後、米国テキサス州の強制収容所に送還された与儀哲也さん=沖縄市=も出席した。「父親が日本のスパイと疑われ、家族ごと引っ張られた。絶えず監視され約二年間を収容所で過ごした。脱出に失敗して射殺される人もいた」と体験を語っていた。
 シミズさんらの聞き取り調査に関する問い合わせは、098(889)7399(南風原町文化センター)。

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