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酉年 多士済々の年男たち=隔年開催で酉年会=「酉年には識者が多く」

1月1日(土)

 今年はやるぞ──。二〇〇五年を前々から楽しみに待っていた団体はどこか。創立五十周年を迎える文協?それとも、規模の拡大に伴いイミグランテス展示場に日本祭りの会場を移す県連?いや、違う。干支の集まり、酉年会だ!

若い酉年の出席呼びかけ

 ブラジルでガリーニャと言えば普通娼婦を指し、国民にとって余り好ましくない表現だ。日本で金鶏伝説に代表されるように、鶏は縁起の良い動物。「情報に敏感で時代を先取りする能力に優れている」と酉年についての記述も占星術の書籍にはみられる。
 「コロニアの識者が多い」。酉年会の特長を尋ねると、発起人の一人で世話人の羽田武人元県連事務局長(83、長野県出身)は、そうずばりと言い切った。
 メンバーの顔ぶれをみると、尾身倍一元文協会長(故人)、高野芳久元県連会長、柳森優旧日本語普及センター理事長、延満三五郎元文協会長(故人)、八巻培夫旧日伯毎日新聞社編集長、花城清和元沖縄県人会会長など確かにコロニアを代表する人たちの名が並ぶ。
 今上陛下も酉年なので、誇りも高いことだろう。これまで出席したことがないものの、植木茂彬元鉱山動力相の父酉二さん(95、長野県出身)も一九〇九年生まれでコロニア最古の酉の一人になるはずだ。
 「文協や県連のトップの人が参加を呼びかけたので、堅苦しい会と勘違いした人がいるかもしれません。でも、本当は皆肩書きを外して一人一人の人間として付き合っているんですよ」
 会の発足は一九八六年一月のことだった。羽田さんが八一年に県連事務局長に就任。間もなく高野元県連会長と同じ大正十年生まれであることが分かった。趣味など共通した話題が多かった二人。尾身元文協会長も同い年だということになり、酉年会結成に向け三人が意気投合した。「大正年間の酉は、我々の年しかいないんです」。
 記念すべき最初の親睦会は大正十年生まれ酉年会と銘打ち、十一人の参加者を得た。第三回目(九三年)には、還暦祝いを兼ねて実施。一回り上の世代にも声を掛け、明治、大正、昭和の三時代の酉年が約六十人揃った。
 羽田さんは、レストランの領収書などをきちんと保管。「通貨はクルゼイロだったんだよ」と懐かしむ。
 以後、九九年に四回目、〇一年に五回目、〇三年に六回目の酉年会を開いた。次回は今年二月を予定している。年々会員の高齢化は着実に進み、若い酉が多く出てきてほしいところだという。

酉年最高齢のさだよさん(95)=長寿の秘訣2つ3つ

 コロニア最高齢の酉年は一九〇九年、明治四十二年生まれとみられ、今年満九十六歳を迎える。医療技術の発達で平均年齢が上昇しているとは言え、この年まで健康を維持するのは容易ではない。川村さだよさん(95、宮城県出身)は、何の介護も受けずに余生を楽しむ〃超高齢者〃の一人だ。健康長寿の秘訣は、日常生活の中にちょっとした工夫にあるようだ。
 一九三〇年に夫、義姉夫婦と移住。コロノの辛酸を舐めてから自立農になり、苦労の末に五人の子供を育て上げた。今は息子の稔さん(建築技師)宅で、孫たちに囲まれて暮らしている。戦前移住者の典型的な姿であり、一般的な家庭だ。
 川村さんは難聴気味だが、会話に支障は全くない。記憶もしっかりしており、痴呆の症状も現れていない。
 サンパウロ市ボスケ・ダ・サウーデ区プラッサ・ダ・アルヴォレの住宅を訪問してまず目に付くのは、川村さんの居室が一階にあてがわれていること。「これでは日々の生活で、階段の昇降を迫られることになり、いつ転んで寝たきりになるかもしれない」。普通の人なら、不安がまず頭をよぎるだろう。

階段利用し足腰鍛錬

 確かに高齢者の転倒を防止するために、住居内の段差を少なくするのが鉄則だ。この金科玉条を、川村さんは逆手に取る。つまり、階段の昇降運動を足腰の筋力維持に生かしているのだ。
 つい最近、入浴中に転んで足を痛めたもののすぐに回復したそうだ。「ちょいちょい、転んでしまう」と語る表情に、不安・不満は見当たらない。「孫のことで心配することがあるけど、くよくよしないんです」。嫁の佐智江さんは、姑の芯の強さを誇らしく思う。
 川村さんは渡伯後、コーヒー園での労働や綿や野菜の栽培などに従事した。慣れない農作業に、苦労が絶えなかった。「仕事も子育ても、大変でした」。初めて里帰りが出来たのは、四十九年後の七九年だった。移民生活の中で、自然に楽観思考が身に付いたのだろう。
 食事をつくるのは、佐智江さんだ。川村さんは毎日、牛乳を飲用。粥と白身の魚をよく食べる。肉類は余り口にしない。佐智江さんは「自然なものを料理するように、心がけています」と話す。好き嫌いが特にないのも、健康維持の好要因の一つかもしれない。
 趣味が編み物で手先をよく動かしているのも、呆け防止に一役買っているようだ。「兄弟の中では、私が一番長生きよ」と矍鑠(かくしゃく)たる口ぶり。
 生きがいについて、尋ねるとこう答えが返ってきた。「家族がよくしてくれます。子が五人、孫が九人、曾孫が五人います。皆仲良く暮らしているのが幸せです」。

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