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コラム 樹海

 一世がまだ動けるうちに具体化させたい、移民百周年祭で一世が残せるものを――こんな声を最近聞いた。具体化させたいのは「生活協同組合」である。日本では「生協」といっている。地域にもあるし、大学にもある▼大型スーパーのように生活用品をより原価に近い値で販売する。ブラジルで崩壊したコチア産組や南伯農協の購買部のようでもある。「組合」とあるから確かに同じ精神でもって組織されるのだが…▼日本の生協の定義をみよう。「組合員みずからの出資、利用、参加を基礎に、組合員の手で運営される営利を目的としない組織」▼創設期のコチア産組と変わらない、という向きもいよう。同産組は、必要に迫られたか、時代とともに拡大路線を突っ走り、自滅した。末期には生協の定義に記されていない、経営専門家?のような人がいて高給を食(は)んだり、借金が圧倒的に経営を圧迫したりであった▼今の時代、出資金だけで運営できたり、規則をしっかり守っていれば、食品をはじめとする生活用品の購買面で、組合員に幸せをもたらす経営が成り立つのだろうか、という疑問はある▼生協創設は一世が元気なうちに基礎づくりして、と「一世」が強調されるのは、一世なら定義を踏み外さない、という思いがあるからだろう。構想によれば、最初の店舗設置候補はセアザ。そこから組合員が利用しやすい場所に広げていけばよいという。「核」は農協婦人部連合会が現在行っているカゼイロ市か、と思い浮かんだ。(神)

 05/7/15

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