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授賞式に250人集まる=開催期日二転三転も=サロン文協が開幕

2005年10月20日(木)

 今年で三十三回目を迎えた美術公募展「サロン文協」が十八日夜、ブラジル日本文化協会で開幕した。協会側の手違いで、この時期に他の行事が重なり、開催期日が二転三転。主催の美術委との「不協和音」が取り沙汰されていたが、授賞式には上原幸啓会長ら幹部も列席。来場者は約二百五十人に上った。
 最高賞のメダーリャ・デ・オウロはサンパウロ市のシウヴィア・マリア・ガルシア・ピントさんが受賞。ダンボールでつくられたタンスや、洋服、布テープなどに詩的な刺しゅう、素描をほどこした造形作品が評価された。
 授賞作について、ピントさんは「日常の素材、用具の『役割』を壊した世界」と説明。「三度目の出品で初の入選が最高賞。とてもうれしい」と喜んだ。サンジューダス大で造形美術を学んだ二十八歳。
 次席のメダーリャ・デ・プラッタは日系二世のマチウデ・ナオコ・エザワさん、イギリス人のニック・ハーシーさんが受賞した。
 ロンドンから一家でサンパウロに引越してきて三年のハーシーさん(31)は絵画作品。陰影ある筆致で人物の内面まで表現した。
 「サロン文協は自分のような外国人にも偏見なしに門戸を開いてくれているし、審査員がアーティストなのできちんと作品を見てくれる。信用できる」
 二十三日まで。百三十人・三百六十六点の応募作から選ばれた七十六人・百六十一点が鑑賞できる。非日系人作家の占める割合が年々増え、「数少ない公募展」「若手の登竜門」と評されているが、今年は文協が他二つの行事を重ねて受け入れたため、開幕日が直前まで確定せず、また、いつもの「指定席」である同協会入り口の大サロンを使用できない事態を招いた。
 〃翻ろう〃された格好の美術委からは、「毎年十月は『サロン文協』の季節と分かっていたはずなのに。芸術軽視では」「文化の看板を外した方がいい」と不満の声が挙がっていた。
 授賞式であいさつした上原幸啓会長はこれを強く否定。同協会の創立理念に触れ、「文化の先導と発展。日伯の文化の橋渡しだ」と述べ、特に「文化」のところで語気を強めた。
 式典後、文協の「商業主義化」が指摘されているとの質問に対し、上原会長は「そんなことはない」と一蹴。今回の騒動について、「間違えない人がいますか。話し合いはついている。ミスは自分の責任です」ときっぱり。
 最高賞の副賞は例年日本往復航空券だったが、今年はステンレスのオブジェ。制作者で元美術委員長の豊田豊さんは「過去にゴタゴタは一度もなかった。元を辿れば戦前から引き継がれている公募展。新しい文協の執行部に重要性が理解されていなかったのは残念」と話していた。

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