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ブラジル雑語ノート――「和泉雅之・編」の”順不同”事典――=連載(3)=ジャルジン=すてきな相手をみつける恋の広場

2006年1月14日(土)

 ジャルジン (Jardim) は、町の中心部にある、「花壇をそなえた広場」のこと。大きさはさまざまだが、矩形(多くの場合長方形)で、外周に小石をモザイク状にならべた、石畳(歩道)がある。歩道の端(車道と接する付近)に、三人掛けのベンチが、いくつも用意されている。ジャルジンは、若い男女が出会う場所として利用された。
 花壇や街路樹をそなえた広場は、どこの町にもある。出会いの場として機能するにあたり、脇役として重要なのは、街灯、レコードプレーヤー、スピーカー。したがって、ジャルジンが男女の出会いとなるのは、これら三点セットが地方の小都市にまで普及された、一九四〇年以降のこと。広場のどこかに放送施設があり、宵闇がせまるころにレコードをかける。もっぱら、若者に人気のある恋歌を流す。それを聞きながら、若者たちは広場の外周(石畳)を歩くのがルール。
 このとき、男は外側を右まわりに、女は内側を左まわりに歩く。男は男同士、女は女同士、かならず連れがある。男の連れは親しい友人。女の場合は友人か妹。男女が逆向きに歩くので、歩道を一周する間に、同じ人(意中の人)と二回すれちがう。他人同士、あいさつするわけではない。そしらぬ顔で、さりげなくすれちがう。それをくりかえしながら、お互いに「すてきな相手」を物色する。
 たいがい、金曜日から日曜日の夜におこなわれた。そのつど、町の若者はジャルジンへ出かける。気に入った相手が見つかると、住所氏名をこっそり調べる。名前がわかったなら、男のほうがアクションをおこす。最初にするべきことは、歌曲のリクエスト。レコード係へ規定のリクエスト料を払い、めざす娘が感動しそうな曲を申し込む。係員は、「パウロ君がマリアさんへ贈るナントカの曲」と、マイクをつうじて広場の一同へ伝える。プレゼント曲である。
 恋歌のプレゼントは、「あなたが好きです、交際したい」という、告白にほかならない。マリアさんが、このプロポーズを受けたくないなら、散歩の輪から抜け出て身を隠す。交際する意思があるなら、散歩をつづける。どこかですれちがうとき、ニッコリと笑顔を見せる。それが回答であり、もう一度行き会うとき、パウロ君は、マリアさんをもよりのベンチへ誘う。ただし、ふたりきりではない。マリアさんの連れもいっしょ。だから、ベンチは「三人掛け」のサイズでなければならない。この連れは、お目付役であり、パウロ君がいきなり手をにぎったり、キスしないよう監視している。それはジャルジンのルール違反であるから、お目付役が娘の親へ報告すると、交際は差し止められる。
 封建思想の強い社会では、男女の自由意思による交際が認められない。親の承諾が不可欠。ふたりの交際について報告を受けた娘の親は、相手の身元をたしかめる。身元がたしかなら交際を許可するが、問題があれば娘をジャルジンへ出さない。許可が出たら、若者を家へ招く。そこで、歓談しながら人物評価をする。このテストに合格すると、結婚を前提に、ふたりの交際がはじまる。ただし、お目付役(たいがいは妹か年下の姪)がいっしょ。
 親が交際を認めたなら、「出会いの場」であるジャルジンの役目は終わる。ブラジルでジャルジンがもっとも利用されたのは、サン・パウロ州北部地方。現在のアララス市から北のモジアナ地方では、ほとんどすべての町で、ジャルジン散歩がおこなわれた。しかし、第二次世界大戦後のアメリカナイズで、恋愛の自由が謳歌され、社会もそれを認めるようになると、事情が変わった。一九七〇年ころから、ジャルジンで散歩する若者は、急速に減少。七〇年代後半には、ジャルジンも、ただの「広場」として機能するだけ。古き時代の習慣は、すっかり忘れられてしまった。【文=和泉雅之】

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