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ブラジル雑語ノート――「和泉雅之・編」の”順不同”事典――=連載(5)=カシャサ=色白の美少女かきちがい水か

2006年1月31日(火)

 カシャサ (Cachaca) とは、サトウキビからつくる蒸留酒であり、広義のラム酒に属するもののひとつ。ブラジルでは、十六世紀半ばから、サトウキビの組織的な栽培がはじまり、今では世界一の生産国となっている。気候および土壌条件が、サトウキビの栽培に適する地帯は、かなりの広域にわたっており、ブラジルのあちこちで、カシャサを製造できる。
 しかし、品質的にすぐれているのは、土地、気候、製造技術の三条件を満たす、北ミナス地方のもの。とくに重要な条件は気候であり、降雨分布が問題。サトウキビの生長サイクルで、前半に降雨量が多く、後半に少なところがよい。しかも、収穫の一か月くらい前からは、まったく降らないのが理想的なパターン。収穫直前に大雨が降ると、糖度が低下するだけでなく、苦味物質が生じる。サトウキビの糖度が高いほど、歩留まりがよく、良質のカシャサがえられる。
 ところで、カシャサ (Cachaca) というポルトガル語は、もともと、どういう意味だったのか。語源学では、カッショ (Cachos) 、つまり「房」が集まり、もっと大きな房になった状態をいう。アサ (aca) という接尾語は、「大きい」とか「生長した」、「肥大した」という意味。つまり、花や果実がいくつも集まって、ひとつの房をなす状態をいう。バナナの房、フジの花房などがその例。
 ポルトガルでは、この言葉を別のことに転用した。ワインなどの醸造酒をつくるとき、発酵工程で泡が出る。その泡にはアルコールと違う不純物がふくまれている。不純物の多くは、発酵用容器の底に沈殿する。この沈殿物は、澱(おり)とか滓(かす)と呼ばれるが、ポルトガル人は、それをカシャサと呼んだ。泡粒が重なり合って、原料のブドウと似ているということなのであろう。ワイン原料としてのブドウは、今でこそ衛生管理が行き届いているので、見た目にもきれいなもの。だが、ほんの数十年前までは、ブドウの栽培管理も、ワイン醸造の品質管理もかなりずさんだった。粒の大きさ、色合い、新鮮な状態か腐敗がはじまっている状態か、不純物の混入など、外観を損なう要因がいくつもあった。そういう状態の原料は、たしかに醜く悪臭もあったから、発酵の途中で生ずる泡や、沈殿した不純物と、あまり変わらない。ポルトガル人は、あだ名や別名をつけるのが好き。その汚物から生じた飲料なので、カシャサと名づけたわけ。
 この蒸留酒に対する呼称は、地方ごとにいろいろあるが、ブラジルにおける共通語は「カシャサ」。一方、「ピンガ」(しずく、点滴)はサン・パウロ州の方言。しかし、この三十年間に、「51」(シンクエンタ・エ・ウン、最多蔵出し量を誇る下級品の商標)の販売網がひろがるにつれ、ブラジル全国で知られるようになった。さらに、輸出の伸びとともに、「ピンガ」の名は外国へと流れ出た。ほかにも、百を越える別名がある。たとえば、アグア・ブランカ(白い水)、アグア・マルッカ(きちがい水)、ブラジレイリーニャ(ブラジル娘)、カフェー・ブランコ(白いコーヒー)、カイデイラ(酔いつぶれ)、クーラ・トゥッド(万能薬)、ドナ・ブランカ(白い貴婦人)、マリア・テイモーザ(頑迷な女)、モッサ・ブランカ(白い肌の娘)、サンタ・ブランカ(白い聖女)、サンチーニャ(かわいい聖女)、ヴェネーノ(毒物)、等々。
 万能の薬という意味では、日本酒が「百薬の長」と呼ばれるのと似ている。また、モッサ・ブランカ、サンチーニャなど、女性にちなむ名前は、カシャサを美化して、飲酒を正当化するため、飲兵衛がつけたもの。ほんとうに「薬」なのか、「きちがい水」なのか、はたまた「色白の美少女」なのか、霊験があらわれるまで、飲んでみなければわからない。【文=和泉雅之】

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