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コラム 樹海

 以前、私たち新聞づくりをする者にとって、理想的、というか、夢の新聞とはどういうものか、先輩たちと話し合って、タメ息をついたことがある。かなわぬ夢であることから出るタメ息である。新聞編集者にとって理想的な新聞が、読者にとっても一〇〇%好ましいものであるかどうかは、実はわからない▼さて、その新聞とは、営利的広告がまったく掲載されない、新聞の発行経費をすべて購読者が支払ってくれる新聞である。つまり、広告主の意向にそわなくてもいい記事ばかりで編集できる新聞だ。不偏不党で、いつも記事を是々非々とする方針を守る。記者にもそれを貫く姿勢が常に必要であることは言うまでもない▼米国のニューヨーク市には邦字紙が日刊、週刊合わせて五つほどある。そのすべてが読者にとって無料である。日系スーパーの入り口に積んであるのを自由に入手できる。また企業や商店にも配達される。発行経費はすべて広告主が負担している▼こういう仕組みは、情報そのものが豊富で、その情報をほしいと思っている人たちが多ければ成り立つ。ほしい人たちの目にふれさせようと、広告主は自社の知らせたいことを新聞広告にするのである。それぞれの「必要」が循環している形である▼ブラジル日系社会の日本語新聞は、広告料と購読代金がほぼ半々というあたりで、人件費を含めた発行経費が賄われてきたといえる。冒頭に記した夢の新聞は、発行環境が整いそうもないことから、やはり「夢」である。(神)

 06/05/10

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