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鹿児島県人会=93周年しめやかに祝う=「先人の努力の賜物」

2006年10月24日付け

 最古の県人会、鹿児島県人会(天達市雄会長)は県人会創立九十三周年記念祭を二十二日に開催した。会場には百人弱が集まり、先没者に冥福を捧げるとともに、さらなる県人らの結束を約し、会の継続や発展をしめやかに祝った。
 「他とは違う設立経緯を持ち、最も古い戦前の県人会が今まで続いてきた。先人達の努力によるものと誇りに思う」と天達会長はあいさつした。
 一九〇八年の移民開始から五年後、一九一三年にどこよりも早く設立された。戦後につくられた会が多い中で、戦前の同県人会の設立経緯は当時の移民の状況を強く反映している。
 第一回笠戸丸移民七百八十一人のうち百七十二人が鹿児島県人。沖縄県に次いで多くが海を渡った。第二回、三回でも、同県からは多数が入植した。
 しかし一方で、耕地契約を破棄して逃亡した人数も他県に比べ、鹿児島は最も多かった。そのために一九一二年、植民会社から「鹿児島県人移民は募集を停止する」という決定を受けてしまう。
 その事態を憂慮した初期移民の県人らが、移民の再開を目的として移民会社や州に働きかけるための組織を結成。それが鹿児島県人会であった。
 「一世が少なくなる中で、県人会の運営は子弟らの肩にゆだねられていく。若人会もできたし、母県とつながりを保ちながら、こういう機会にはぜひ参加してきてほしい」と天達会長は話した。
 先没者の法要が行われた後、会長、池上忍名誉会長らが挨拶。続いて、七十五歳以上の高齢者百四十一人の名前を読み上げ、出席者には記念品とシクラメンの鉢植えが手渡された。
 国内に十八の支部を持つ同県人会。遠くはクリチーバ、ブラガンサ、イビウナからの参加もあり、昼食の後は、カラオケやビンゴをして交流を深めた。

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