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追悼=高野泰久さん=ノンフィクション作家=山根一眞(やまねかずま・東京在住)=「私のブラジル関係著作に厳しい『文化的監視の眼』」

2007年5月30日付け

 一九七二年以来、ブラジル訪問は十五、十六回になる。いつもアマゾンが目的地だが、その途上で、決まってサンパウロの高野書店を訪ねるようになった。アマゾンの開拓史や博物誌など貴重資料を求めるのが目的だ。
 日本で出版されたブラジル関係の本の多くは絶版となり入手不可能のものが多いが、高野書店にはよくぞここまでというほど何でも揃っていた。ブラジルや欧米で出版された古い貴重本でも、高野さんに頼んでおくと、どこからか探し出してくれるのが嬉しかった。今、私の書庫には書棚三つ分のブラジル関係の書籍があるが、その大半は高野書店で入手したものなのである。
 高野さんからは定期的に、ブラジル情報を記した手書きのニュースレターが送られてきた。特徴あるカナ釘流の筆跡を見るたびに、高野さんのあたたかなぬくもりを感じていた。私にとっては、ブラジルを学び、語り、そして書くために欠かせない知的な支援者だった。
 高野さんはまた、厳しい批評家でもあった。ブラジル移民史をテーマにしたある小説家の作品が出版され話題になった直後、彼は、「この作品はかつてブラジルで出版された三冊の本をネタにして書いたにすぎないんですよ、こういうことはまずいです」と、厳しい評価を口にした。ブラジルは日本からはるかに遠く、そして広い。しかも移民史を書くには、一世紀近くも前のことまでさかのぼって丹念に調べる努力が求められる。そこで時間がない作家は、つい既存の出版物に頼る道をとりがちなのである。
 こういう高野さんの厳しい「文化的監視の眼」は、私自身がブラジルのことを日本で伝える時の戒めでもあった。小さな雑誌であっても、ちょっとでもいい加減なことを書けば必ず高野さんの眼に止まり、サンパウロ訪問の際に辛口の「審判」が下された。逆に、私が書いたことに対して、高野さんからいい評価をいただくのは何とも嬉しかった。ブラジルにいない私が、ブラジルについて書いたことを、ブラジルの人たちがどう読み、評価されたのか、そのブラジル側読者代表が高野さんだったからだ。
 私の本を高野書店の書棚に見つけることもしばしばあった。高野さんが、日本から取り寄せて店頭に置いてくれていたのである。そんな高野さんの気遣いには、いつもジンときた。
 その高野さんが四月二十一日に急死されたとの報せを受け、大きな衝撃を受けると同時に、高野さんが日伯文化のかけがえのない架け橋であったことを、そのためにどんな努力を続けてこられたかを、もっと詳しく聞いておくべきだったと悔やまれた。まだまだ元気で活躍されると信じていたために、その大事な証言を聞き損なってしまったことが残念でならない。
 来年のブラジル移民百周年は日伯文化交流史の大きな節目であり、この百年間の歴史記録を検証する最後で最大の機会と思う。それを目前にして、ブラジル日本交流協会の重鎮でもあった高野さんを失ったことは、移民史やブラジル学の研究者、ブラジル文化を学びたいという若い留学希望者たちにとって、きわめて大きな損失である。
 インターネット上で「高野泰久」というキーワードで検索すると、数えきれないほどのホームーページで、多くの方々が高野さんの逝去を惜しみ、その業績を称えている。高野さんは、それほど日伯交流の大きな絆だったのである。
 高野さんの心からのご冥福をお祈りするとともに、高野さんの意志、高野さんの情熱が幅広く受け継がれていくことを切に願うばかりです。そして、高野書店に残された膨大な貴重書籍が散逸しないための、望ましい道もぜひ考えていただきたいと思っています。

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