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各国日系社会の現状と将来~海外・汎米合同大会を振り返る~連載《4》=ベネズエラ=来年には移住八十周年=一世の国籍復帰運動も

2007年8月9日付け

 一昨年十月、日系二世の石川成幸氏が駐日大使に就任したベネズエラ。小規模ながら日系社会の歴史は古く、来年移住八十周年を迎える。
 首都カラカスにあるベネズエラ日系人協会会長をつとめる竹内浩之さん(54、岐阜県)によれば、来年十月に同市で記念式典を予定しているほか、日本の大学教授の協力を得て八十周年記念誌(日西両語)の編纂にもこれから取り掛かるという。
 大統領による石油企業の国有化、民放テレビ局の閉鎖など、ブラジルでも話題にのぼることの多い同国。国の人口二千七百万人のうち、日系社会は約一千人と小規模だ。
 ベネズエラへの移住の特徴は、他国のように国策移住ではなく、単身、戦後の呼び寄せなどで渡った人が中心であること。そのせいもあってか、日系社会全体のまとまりは最近になってからで、全国組織の歴史は前身の「ベネズエラ日本人会」をあわせ三十年ほど。首都・地方にそれぞれカラカス日本人会」(カラカス首都圏)、「マラカイボ日本人会」(スリア州マラカイボ市)「ボリーバル州日系人会」などがある。
 草分けは、一九二八年十一月に同国へ渡った矢澤精次郎氏(静岡県出身)。原油の採掘が目的だったという。産油国ベネズエラらしい〃第一歩〃だ。
 しかし、めでたく鉱区発見に成功したものの、売り込もうとした日本では遠距離ということもあって興味を示さず、鉱区権も国に没収されてしまった。
 帰国の途についた矢澤氏。そのまま日本へ戻れば、あるいは同国への移住は続かなかったかもしれない。が、帰途立ち寄った中米パナマで、当時同国に住んでいた五人の漁師に出会う。漁業を目的に、五人はベネズエラに渡ったが、その後商業に転向した。
 竹内さんによれば、第二次大戦当時は五十人程度の移住者がいたという。他国と同様、同国でも日本人は敵性国人として地方へ移動させられた。
 戦後、首都に戻った邦人の呼び寄せにより移住者は増加。現在は一千人のうち、約三百人が一世。農業、漁業従事者は少なく、ほとんどが都市部で装飾品販売や飲食業などの商業に従事している。そのほか、石油関係を中心に約三百人の駐在員関係者が日本から来ている。
 日系社会の規模は小さいが、「ほとんど全部の都市で日系人が商売している」と竹内さん。自身も首都で日本食レストランを経営する。
 ブラジルでも、七〇年代に外国人の土地所有にからんで帰化した一世の国籍復帰運動が起こっているが、ベネズエラでも同様の問題があると竹内さんは話す。
 同国では七五年、商業従事者に対し、株主の八割がベネズエラ国籍者でなければならないとする法律が制定された。これにより、一世の多くが同国に帰化したという。
 そして現在、日本国政府に対して国籍復帰を求める運動がはじまっている。今月初めに大使館を通じて要望書を提出。竹内さんは「日系人協会でまとまって運動していきたい」と話す。
 日系人の駐日大使就任に見られるように、同国での日系人の評価は「昔から良い」という。一方で企業関係者が減りつつあるなど、現在の政治状況の影響も出てきているようだ。
 八十周年式典の実施予定日は来年十月十二日。竹内さんは「先人に敬意を表し、日系人が大勢集まって祝うとともに、三世、四世がその重要性を理解して新しい日系社会を構築するきっかけにしたい。このままでは九十周年はないと思うんですよ」と思いを語った。


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