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開拓者の霊慰める=平野運平の墓前へ=石川・静岡県知事、焼香、献酒=姉妹提携の話すすむ=カフェランジアと掛川

2007年8月23日付け

 「平野運平氏も大喜びでしょう」――。静岡県人会創立五十周年の記念式典などに出席するため訪伯中の県(石川嘉延知事)や掛川市(戸塚進也市長)らの慶祝団一行が二十日、サンパウロ州カフェランジア市にある平野植民地を訪れ、通訳五人組の一人で現・掛川市生まれの平野運平の墓参りをした。地元日本人会の会員らを含め約二百人が列席、それぞれが墓前で焼香し、志し半ばに逝った開拓者の霊を慰めた。
 読経と献花のあと、掛川市訪問団が持参した平野の実家の土(現掛川市・榛葉家)と、養子先である平野家(現浜松市)の土が墓前に供えられた。また石川知事によって同氏が生前好んだピンガがたっぷりと墓石にかけられた。
 平野植民地は、当時グァタパラ移住地の副支配人だった平野が日本人コロノの独立をめざし、コロノたちを連れて造成に着手。一九一五年に入植を始めたが、マラリアの蔓延で八十人余人もの犠牲者がでたほか、蝗や霜で凶作にたびたび見舞われるなど、苦難の歴史が続いた。
 また一行は、地元日系団体の会館敷地内にある鎮魂碑と平野運平の銅像前で読経をおこなったあと、平野光明寺本堂での先亡者追悼法要に出席、リンス慈善文化体育協会の安永和教会長の音頭で「移民の歌」を唱和した。
 同知事は帰り際、「現地に立ってはじめて、移民の方々の大変なご苦労があったことを実感しました」と述べ、飛行機に乗るため足早に同地を後にした。
 法要後、会館内で開かれた昼食会では、地元婦人部の手製の料理に、掛川市からの訪問団一行が舌鼓。最後に戸塚市長の呼びかけで「ふるさと」を合唱し、会場はあたたかい空気につつまれた。
 このほか同市長は今回の訪問で、カフェランジア市から姉妹都市提携の要望を受けたことに対し、「議長や議員と相談して前向きに検討したい。九〇パーセントの確立で実現できる」と述べた。また同市長は県人会の要望をうけて、掛川市の駅前に平野の彫像を建てたいと意欲を示した。
 静岡県人会の大橋健三第一副会長は「市から要望があれば、貧者の一灯のつもりで県人会でも資金をあつめたい」と語っている。

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