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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2007年10月12日付け

 「音の悪いラジオや蓄音機の時代の、娯楽の花形は活弁(無声映画弁士)と浪曲だったんですよ」。先日、樋口月若さんと話していて、コロニア娯楽の変遷に心を動かされた▼ブラジルでも、日本のテレビ番組がレンタルビデオ屋を通して見られるようになった頃から、浪曲や演劇への要望がめっきり減ったと樋口さんは嘆く。「カラオケも一緒ですよ。三十年前までは大きな町にはみな楽団があって生演奏で歌っていた」。カラオケ機材が普及してから一気に楽団が減った▼当時、旅回りもした樋口一座には毎月のように公演依頼が入り、遠くはマナウスやサンタカタリーナにも赴いたとか。多い時には三十人もがバスにのって移住地に赴いた。「ミランドポリスじゃ大歓迎されてね、もうお祭り騒ぎ。お年寄りが演劇見て涙流して『よかったよかった』と喜んでくれたよ」。ほんの二十年前までそうだったという▼今ではNHK国際放送が生中継で見られ、日本のアマチュア・カラオケ全国大会でブラジル代表が三年連続優勝する時代になった▼そんな時代に棹さすように、樋口さんら五人が発起人となり、来年、追悼大会を開くのをきっかけに、浪曲協会を再出発させたいと意気込んでいる。最盛期には八十人いた浪曲師の半分はまだ健在だという。同協会は三十年前に発足し、十年前に事実上活動停止するまで毎年、浪曲演芸舞踊大会を盛大に開いていた▼同発起人は浪曲師らの連絡先を知りたいと呼びかけている。連絡先は樋口さん(19・3242・2251)、藤瀬圭子さん(11・3208・6404)まで。百周年を機に復活なるか。(深)

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