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皇太子さまが来伯決定=各地から喜びの声=雅子妃殿下は見合わせ=訪問予定地は未定

ニッケイ新聞 2007年10月17日付け

 「コロニア、ブラジルが心待ちにしていた」――。 来年六月のブラジル日本移民百周年式典にご臨席されるため、宮内庁は十六日、皇太子さまのブラジル公式訪問を発表。閣議了解を経て、正式決定すると日本の各紙が報じた。皇太子さまの来伯は一九八二年に続いて二回目。雅子妃殿下は、長時間の移動となることや過密なスケジュールが見込まれることから、担当医師が訪問は難しいと判断したという。訪問地や時期などはこれから調整が行なわれるが、十日前後の滞在とも見られている。ブラジル日系社会最大の関心事といえる百周年の皇室来伯。喜びに沸く各地コロニアの声をお届けする。
 八二年の初来伯では十月に十二日間滞在、リオ、ブラジリア、サンパウロ、イグアスー、マリンガ、ロンドリーナ、ローランジャ、サルバドール、ベレン、マナウスなど、十一都市をご訪問、地元日系人はもとより、ブラジル国民から熱烈な歓待を受けた。
 来年の訪問予定地、期間などは未定だが、すでに各地から皇太子さま来伯決定の知らせに沸くコロニアの声が本紙編集部に寄せられた。
 「一世の人たちだけでなく、私たち三世世代にとっても感激」とリンス慈善文化体育協会の安永和教会長は喜ぶ。
 「皇太子さまは新聞や雑誌の写真でしか見たことありません。来年式典でお姿を拝見したい」と語った。
 リオ百周年協会の鹿田明義実行委員長は、「陛下に来て欲しいという気持ちもあったが、移動などのご負担を考えれば皇太子様に決まって良かった。今回の発表でブラジル政府の準備が始まるのでは」と国内の準備加速にも期待をかける。
 「パラナ州の日系人みんなで喜んでいます」と取材の電話の向こうで声を弾ませる西森ルイス弘志リーガ・アリアンサ会長(パラナ州議)は二度、皇太子さまに面会。
 「マリンガ文化体育協会の日本庭園のイナウグラソンにご臨席された時に植樹された木は、今も元気に育っている」
 訪日した時にご夫妻と面会、「雅子さまは本当にチャーミングな感じの方で、楽しくお話しくださいました」と思い出し、ご夫妻での来伯を強く語った。
 ブラジル日本移民百周年協会の上原幸啓理事長(文協会長)は、「日系コロニアだけでなく、ブラジル全土が待ち望んでいた。末永い日伯交流を考えれば、皇太子さまのご来伯は素晴らしい」とコメントを寄せた。
 日本式の教育で知られる松柏学園の川村真倫子園長は、九九年に学園訪日使節団で生徒らが天皇皇后両陛下に接見し、感動に咽びながら君が代を歌ったことを振り返り、「皇太子さまにお会いすることで、子どもたちの胸に眠る日本的なものが呼び覚まされ、日伯両国がどれだけ近い存在かを感じることができる」と喜びを語った。
 戦時中に接収された日本語学校返還運動(〇六年返還)の中心人物だった上新さんは、五八年の三笠宮殿下ご夫妻以来、皇室の訪問がないことから、「移民が上陸したサントスに是非来て頂きたい」と語った。
 ノロエステ連合日伯協会の白石一資会長は、〃移民のふるさとノロエステ〃を強調、「この地で亡くなったたくさんの日本人移民の霊を慰めて頂きたい」と訪問への強い期待を込めた。
 ブラジル日本会議の小森広理事長は、八二年、〇六年の皇居勤労奉仕団で訪日時、皇太子殿下と接見。
 「(今回の決定で)盛大な式典にして、次につながる百周年にしなくてはいけない」と気を引き締める。
 皇室と縁戚の関係に当たる多羅間俊彦・文協副会長は「来年、お会いできるのを楽しみしていますよ」と期待している。八二年にご来伯されたおり、故・斉藤広志USP教授と一緒に、皇太子殿下に総領事公邸で会った。
 「あの時、もう体調を崩れされていた斉藤先生が言ったんです。もし殿下が、百周年に来られることがありましたら、私は生きていないかもしれないが、日系社会は変わった姿になっているでしょう、と。大変印象的でした」と振り返った。

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