ホーム | 日系社会ニュース | 「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第1部□日系社会の場合(3)=言語習得の2段階とは=「日本人らしさ」の原因

「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第1部□日系社会の場合(3)=言語習得の2段階とは=「日本人らしさ」の原因

ニッケイ新聞 2008年3月21日付け

 一月中旬、首都ブラジリアでルーラ大統領出席のもとに行われた連邦政府の百周年開始セレモニーの取材の折り、我々と一緒にいたある二世ジャーナリストがイタマラチー(外務省)の受付の非日系男性にポ語で話しかけると、受付のブラジル人男性は「Yes」と答え、その二世ジャーナリストは恥ずかしそうな表情を浮かべた。
 ポ語のつたない一世記者からすれば、「彼はブラジル生まれの二世でポ語が堪能であり、我々とはまったく違う」と認識していたが、その受付男性は明らかに一世と混同していた。
 ブラジル人からすると、我々が自己認識しているほど、二世と一世の差は明確ではない。ブラジル人の側からすればポ語能力以上に「一世的」とか「日本人的」な雰囲気を感じ取るようだ。この醸し出される「日本人らしさ」は幼児期からの家庭環境に遠因があるのかもしれない。
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 日本移民の特徴は「家族移住」という点だ。そのため、日本語しかしゃべらない両親と会話する必要から、子供は自然と日本語を憶える。多くの二世はそのような家庭環境で、日本語を母語として人格形成した。
 そのため、一般のブラジル人子弟の家庭に比べると、会話や読書、新聞やテレビ、ラジオなど家庭内でポ語に接する時間が短かった。小学校へ通うようになってからポ語の本格的な学習をはじめたものが多かった。
 ブラジル公立校での授業を理解するには、単にポ語の単語や文法だけではなく、さまざまな〃一般教養〃が必要だ。ブラジルの歴史やなりたち、国民なら誰もが知っている有名人や事件、風習や伝統などの事象、最近の言い回し、俗語などを知らないとついていけない。家庭の日常会話が日本語の場合、そのような常識や語彙数が不足しがちになる。
 坂本准教授のセミナーによれば、言語の習得には二段階ある。第一段階は日常会話で、「聞く/話す」能力が問われる。教育課程なら中学までに相当する。このレベルなら二~三年間で一般ブラジル人児童と同じぐらいになることが可能だという。
 小学生までに移住した準二世や、小学校から本格的にポ語の学習をはじめた二世の場合がこれに当てはまると思われる。
 高校からが第二段階の「読む/書く」レベルに入る。教科書には、ラテン語を語源とする専門用語がいっきに増え、高度な読解力が求められるようになる。前述の語彙数や一般教養があまりに少ないと、いくらがんばっても優秀な成績をおさめるのは難しくなる。
 一般子弟なみの語彙数になるには、人一倍に努力して五年から七年かかるのが通説だという。「語彙数を増やすには日常の読書量がものをいう」と坂本准教授は強調する。
 移住者の家庭の場合、意識的にポ語の読書を子供に勧め、一般子弟との差が大きくならないように抑える注意が必要なようだ。
 このように二世が日本語を母語として人格形成することは、ある意味、「外国で生まれた日本人」に近いものだ。気がついたらいつの間にかしゃべっている母語は、細かいニュアンスまで感じとることができる唯一の言葉だと言われる。
 母語が重要なのは、それを通して最初の世界観が刷り込まれるからだ。母語の背景となる文化が、その人の世界観に大きな影響を与える。さらに母語を道具として認識能力や論理的な思考能力を養う。
 住んでいるのがブラジルであっても、日本語で母語形成されれば、日本文化を基調した世界観を形作っていく。日本語によって母語形成された人が、どこか「日本人的」であり、そのような雰囲気を身にまとうようになるのは当然の帰結かもしれない。
 一方、母語の後から習得をはじめた外国語(第二言語)は、いくら勉強しても母語話者なみになるのは難しいと言われる。
 言語習得に効果的な年齢層がある「臨界期仮説」によれば、言語習得一般に関する脳神経が発達するのが二歳から十四歳で、この脳が柔軟な時期に習得を進めることが重要だという。
 今まで見てきたように、移住者が子弟をバイリンガルに育てるために最も実践的な方法は、家庭内で徹底的に日本語で通すやり方だ。
 坂本准教授がセミナーで薦めた方法をまとめると、「家庭内では徹底して日本語を使う」「自分の言葉に、子供がポルトガル語で返してきても心を鬼にして返事をせず、日本語でしか会話しない雰囲気を作る」「現地語になりがちな兄弟間の会話も日本語にする」「日本語の雑誌やテレビ番組など楽しい内容を」などという点だ。
(つづく、深沢正雪記者)



「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第1部□日系社会の場合(1)

「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第1部□日系社会の場合(2)=「三つ子の魂、百までも」=幼少移住の方が訛り少ない

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