ホーム | 日系社会ニュース | 「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第1部□日系社会の場合(5)=移住地は最高の2言語環境=言語伝承のメカニズムとは

「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第1部□日系社会の場合(5)=移住地は最高の2言語環境=言語伝承のメカニズムとは

ニッケイ新聞 2008年3月26日付け

 日本語継承に関して移住地環境がどんな役割を果たしているか、を示唆する興味深い研究がある。
 二〇〇三年にスザノ福博村とアリアンサ移住地で行われた調査、大阪大学とブラジルの言語学研究者との「コロニア語」共同調査には、本来は「どのようにしてコロニア語が生まれたか」という研究だが、バイリンガルという観点からしても示唆に富んだ内容になっている。報告書『5・言語の接触と混交―日系ブラジル人の言語の諸相』などによれば、次のような傾向がみられる。
 一世の時代には移住地まるごと、つまり地域で日本語が通用したが、二世の時代には家庭内だけ、三世の時代には祖父母と会話する時にだけ使う言葉になってしまう傾向があるという。
 具体的には、一世の時代には「書く」「読む」「話す」「聞く」の四拍子揃っていたが、二世では「書く」能力がなくなって「話す」「聞く」だけになり、三世では「聞く」のみになってしまう。
 戦前の移住地では地域丸ごとが日本語だったので、四拍子そろっていないと不都合だった。二世世代になると家庭内でしか使わないので、親と会話する時に必要な「話す」「聞く」能力しか必要でなくなる。
 一世がポ語を単語だけ借用して日本語会話に織り交ぜて「コロニア語」として使ってきた。
 日本では戦前一般的でなかったベッドを見た初期移民は、ポ語の「カーマ」としか表現のしようがなかった。ピンガしかり、エンシャーダしかり、日本でも似たものはあっても、そのものズバリを表現するにはポ語を借用するのが一番しっくりきた。
 当たり前だが、移住地を一歩でればすべてポ語の世界であり、二世世代になると会話の中でポ語の複雑な文章まるごと使い、ひんぱんに両語を切り替えて使うスタイルになっている。
 世代が移るにしたがって日本語が弱くなるのに反比例して、日本語中心のコロニア語が生まれ、ポ語中心のコロニア語に移り変わり、最後はポ語だけになってしまうのだろうか。
 いかにして、日ポ両語が同居するバイリンガル状態を長く続けられるかが日本語継承の鍵を握る。
 家庭内で子供に接する時間が一番長いのは母親であり、「母親がしゃべる言葉を子供は覚える」といっても過言ではない。意図的にそのような環境を作るのも有効な継承戦略だ。
 日本文化継承を重要視してきたサンパウロ州プロミッソン市の安永忠邦さん(89、二世)の家では代々、日本から伴侶を迎えている。忠邦さんしかり、その長男である和教さん(三世)しかり、孫娘の和恵さん(四世)も日本人と結婚した。三百人にも増えた安永家の子孫はみな、忠邦さんに日本語で話しかけてくる。
 どの国に住んでいようが、子供は家族のもつ文化や雰囲気をそのまま吸収して人格形成する。特に、一緒にいる時間の長い母親のしゃべる言葉を自然におぼえる。母親が日本人であれば、食生活にしても言葉にしても日本を忘れない。誰にでもできるものではないが、ある意味、究極の文化継承法といえよう。
 移住地という周り全員が日本語を使う豊かな言語環境があったから、移住地で育った二~三世は今でも日本語話者が多く残っており、カナダの事例にくらべて、継承語喪失が遅れているようだ。
 事実、現在でも約七十人が共同生活を続けるユバ農場のような環境では、日本語の得意な子供たちが育っている。今でも日本語で母語形成可能な数少ない条件を備えた貴重な環境だ。
 集団地まるごと日本語環境を残しているのはブラジルにはほとんどないが、パラグアイ、ボリビアなどの戦後移住地では二世がまだ二十~三十代で、家庭内でほとんど日本語を使う環境にあり、しかもNHK国際放送が一九九〇年代後半から普及したために、ほぼ日本と変わらない日本語を使う二世が多い。
 ブラジルでは戦後、多くの家庭が子供に教育を与えることを重視し、移住地で大家族中心に農業を営むという形態をやめ、都会に出た。
 大学を卒業した子供は、そのまま都会で就職した。近代化した大都市には共同体意識が薄くなり、核家族化する傾向が強くなる。
 おじいちゃん、おばあちゃんが同居しない二世だけの家庭では家の中ですらポ語使用が通常化し、日本語環境はどんどん薄れてきている。
(つづく、深沢正雪記者)



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