ホーム | 日系社会ニュース | 第11回日本祭りが問いかけた=「パラグアイ県連」初参加の意義=ブラジル県連、大いにもてなす=パ側「過分な親切もらった」=〃近くて遠い国〃の打開へ

第11回日本祭りが問いかけた=「パラグアイ県連」初参加の意義=ブラジル県連、大いにもてなす=パ側「過分な親切もらった」=〃近くて遠い国〃の打開へ

ニッケイ新聞 2008年7月24日付け

 「ブラジル日系社会の歴史の重みと底力に圧倒されたと同時に、陸続きの隣組同士でありながら伯パ両国の日系間の交流が非常に少ない、という実態を痛感させられた三日間でした」。パラグァイ日本都道府県人会連合会(パ県連)を代表して、一団を率いて日本祭りに初めて参加した後藤成文さん(大分県出身)が二十日夕方、日本祭り参加を振り返って語った心境だ。
 後藤さん自身は、在パ日本商工会議所の理事・執行役員でもある。今回はブラジル日本都道府県人会連合会(伯県連)の招待に応じてパ県連の初参加が実現した。この招待は与儀執行部体制の進取性を象徴する一面として高く評価されてしかるべきであろう。
 その一方で、ブラジルに移住して一世紀、パラグアイに七十余年、の歴史を持ちながら、日系社会にとってはお互いに〃近くて遠い国〃の関係だったことを想起させることになった、と言っても過言ではないようだ。
 後藤さんはブラジル・ニッポン移住者協会のブースに足を運んで小山昭朗会長ら関係者より「二十一世紀の森づくり」計画の説明を受けた。その延長で、両国の日系社会同士の交流をもっと活発化する必要性について意見が一致した。
 「伯国県連のご配慮で栃木県人会館に泊めていただいた。坂本会長に毎日、祭り会場往復を運転していただいたり、県人会の皆さんに過分なほど親切にしていただいた。これも貴重な思い出となりました」、と述懐する後藤さん。今回は初めてのことでもあり、準備期間が限られていたため、パ国紹介パンフや洋品、皮製カバンなど持参した展示品が十分でなかったことも反省材料となったようだ。
 イグアスー日本人会から委託された広報ビデオを何度も放映していたし、パラグアイの伝統楽器であるアルパの演奏者、アリシア・ブリシエラさんが、JICAコーナーで演奏した美しい音色が多くの来場者を魅了した。
 聖州議会広場が会場だった当時、イグアスー移住地の婦人部が遺伝組み替えでない大豆「オーロラ」とその製品である味噌や油揚げを含め、移住地の特産品を持参して日本祭りに参加したことがある。ブラジル農協婦人部連合会(ADESC)の呼びかけに応じたものだった。
 それが縁でイグアスー農協自慢のNIKKEI小麦粉の品質に注目した大分県人会が今年は一〇〇%その小麦粉を使っただんご汁を販売して、美味満点、と好評だった。「あの味が忘れられない」という声が今年も祭り会場で聞かれた。
 〃あの味〃とはイグアスー移住地婦人部が作ったいなり寿司のことだ。味覚の印象は年を経てもヒトの脳裏に残るもののようだ。
 ラパス移住地婦人部の手作り石鹸もサンパウロの女性層で静かなブームを呼び起こしつつある。炭や大豆などの自然素材を使った石鹸が肌にやさしく艶を引き出す効果があるようだ。一見、目に見えないような部分でパラグアイ日系社会の農産物加工製品がブラジル日系社会に浸透しつつある側面があることも見逃せない。
 「来年も招待されるようなら、半年以上も前から準備をして来るようにしたい」という力強い弁を残して後藤さん一行は、二十一日帰国した。
 今年の日本祭りはメルコスールに、そして他の近隣諸国にも参加の輪が徐々に広がる可能性を予感させるような移住百周年記念行事となったようだ。

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