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ルポ=文協の長い半日=手に汗握る競り合い=ネットで世界に発信

ニッケイ新聞 2009年4月28日付け

 全評議員票が集まるという異例の選挙戦となった今回の文協選挙――。二世主体の現体制の圧倒的な優位が伝えられる中、シャッパ提出直前に野党連合を結成し、今までにない懸命な追い上げを見せた小川派が果たして政権をとるのか。水面下での駆け引きは直前まで行われていたようだ。熱い戦いを繰り広げた文協の長い半日を、ルポ形式で伝える。
 「文協の会長はどうなる?」。取材に行く先々で、そんな問いかけを受けた一週間。選挙前日には、商議所のサンパウロ市証券市場視察でも聞かれ、今回の注目を浴びていると実感。
 二十五日午前九時、選挙会場となる文協ビル貴賓室に到着すると、評議員約三十人が本人確認の列を作っているのにまず驚く。ふだんの評議員会では、見たこともない顔が並んでいる。これは、とんでもない出席率になる、そう直感した。

引き締まった表情

 間違いなく、体制派、野党連合それぞれに票の掘り起こしが念入りに行われた証拠だ。しかも、みな表情がどこか固い。引き締まった顔をしており、緊張感の高さを感じさせる。
 到着当初、貴賓室を見渡すと二十人程度しかないが、みるみる増える。イマージェンス・ド・ジャポンのスタッフがカメラ三台で準備している。
 九時二十分頃、渡部和夫評議員会長が開会を宣言した時には、委任状二十四票を含めて九十二人が出席。やはり、異例の出席率だ。
 二年ごとの熾烈な選挙戦を二回も乗り越え、六年間の長きに渡って政権を維持してきた上原幸啓会長があいさつする表情は、どこかすがすがしい。長年背負ってきた重荷を今日やっと下ろせる、そんな気持ちが穏やかな表情に表れている。
 会場を見渡すと、興味深いことに気付いた。入り口近くに小川彰夫候補を中心とする野党連合が、奥側には木多喜八郎候補を支える現体制派が固まって座っている。人間、無意識に仲間と一緒に座る陣取り意識が働くのだろうか。投票以前に、票読みができるようようだ。それぞれの顔ぶれ、人数を見るに、ほぼ互角だ。
 山内淳選挙管理委員長から、選挙を最後にまとめてやることが提案され、その場で承認された。それを受け、花城アナクレット理事が〇八年事業報告を読み始める。横のスクリーンにはそれぞれのイベントの写真が映写され、いつ終わるかと待っていると、延々と四十分近く読み上げた。このタイミングでこれだけやるというのは、明らかに現体制が自らの業績を誇示する選挙活動だ。

ネットで生中継

 貴賓室の奥では、イマージェンス・ド・ジャポンの奥原純代表が陣取り、テレビ局の機材を運び込んで、「文協TV」というプロジェクトをやっている。銘刈ロドリゴさんがレポーターとなり、マイクを片手に進行状況を解説しつつ、来賓などからコメントを取っている。
 聞けば、なんと今回の文協選挙は、インターネットで世界に生中継されているという。つまり、全伯はもとより、日本でも世界どこでも生中継でみられた訳だ。広報がこのような形になっていくのは時代の流れだとは思うが、どこへ向かっているのか、と少し不安を覚える。

前代未聞の出席率

 十時二十八分、いよいよ選挙開始の時、渡部評議員会長は「百六人全員揃った」と報告。山内選挙管理委員長(元文協会長)に聞けば、「文協始まって以来、前代未聞だね」と驚きの表情を浮かべた。
 足の不自由な人から投票開始、十分ほどで、あっという間に終わる。最後は上原会長。投票後、記者のところにきて「六年間、ありがとうございました」と握手。評議員全員が集まったことに対し、「文協の大事さが理解された」と理解しており、「両方とも立派な方。文協はあと百年続きますよ」とすっかり肩の荷が下りた様子。
 開票直前、小川候補に現在の心境を聞く。緊張しつつも落ち着いた表情で、「良い感じです。評議員が全員きてくれてありがたい」と自信のほどをのぞかせ、確信に満ちた表情を浮かべた。
 一方、木多候補も「心臓がドキドキしている。期待感が大きい。結果がどうであれ、それがみなさんの意志なら、それに従うだけ」と追い上げられていることを痛感している様子だ。
 「シェンジ・ブンキョー」「インテグラソン」などと、選挙管理委員会の原田清副委員長がまず評議員シャッパの開票、読み上げ、中島エドゥアルド事務局長が白板に票数を書き込んでいく。
 そのたび、真剣な表情で、会場からは一喜一憂する声が漏れる。体制派が若干リードするも、ほぼ互角の戦いで、両側ともに手に汗握る展開だ。
 中盤から野党連合が追い上げ、追いつく場面も。しかし、最後は体制派五十四票、野党連合四十六票。
 続いて、理事会シャッパ。最初に八票立て続けに小川派に入り、「もしや」という期待感を持たせたが、最終結果は体制派五十四票、野党連合四十八票と六票差で、小川候補は今回も涙を飲んだ。
 小川派からは大きな溜め息が漏れる。「今度こそ」と勝利を確信していた小川派メンバーは落胆の表情を隠さない。
 すぐに木多候補は横の同志らと握手を始め、体制派の花城氏はボーイスカウト仕込みの得意の「ブラボー!」との雄叫びを会場に響かせ、片手を上から斜め下に振る仕草をする。
 体制派で一時は会長候補とも騒がれた吉岡黎明氏は、「だいたい予想通りの数字だった。確かに小川くんはあちこちまわって優秀な人を集めた。体制派はいつも追われる立場だからしょうがない。落ち度を見直すのが今度の理事の役割だ」との認識を明らかにした。
 「自棄(やけ)酒ならぬ、焼き飯でも食いに行きますか」。野党連合シャッパの第二副会長に名を連ねた谷広海さんは、そういって仲間を誘って昼食に向かった。
 多数の日系メディアに囲まれてインタビューに答える木多候補を尻目に、惜敗した小川候補もみんなに握手して回っているが、明らかに落胆した表情が伺える。
 選挙は新政権の始まりであり、全ての終わりではない。小川派が今回の勢いをさらに盛り立てることができるなら、今までの苦杯はいずれ祝杯に代わる。
 選挙を単なる勢力争いにせず、日系社会の将来像を広く問い、建設的な議論を重ねる機会にすることが重要だ。日系社会全体を盛り上げていくために、その中心軸たる文協の存在感を再確認する良い機会が、選挙かもしれない。  (取材班)

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