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懐かしい顔に会える場所=イタペセリカ運動会=74回目も1千人の賑わい

ニッケイ新聞 2009年5月5日付け

 イタペセリカ・ダ・セーラ文化体育協会(浜田ウンベルト会長)の第七十四回家族慰安運動会が四月二十六日、同協会運動場で盛大に開催され、約千人(主催者発表)の参加者でにぎわった。
 競技は毎年恒例の嫁探しや重量挙げ、花拾い、綱引きなどで盛り上がった。また、昨年に続き徳島の阿波踊りも披露され会場を盛り上げた。
 七十四回続くイタペセリカの運動会。全ての回に参加しているという谷川清徳さん(77、鹿児島)によれば、「戦時中は大袈裟には出来なかったが、会員だけで運動会を行った」という。「ここの日本語学校の門を巣立った人が同級生に会う為に運動会を楽しみにしてくる。日本文化を忘れないような場所になっている」と元気に語っていた。
 昔のプログラムは日本語だけだったが、子供たちが日本語を理解しなくなっていることもあり、今は日ポ両語。参加者に聞くと、ノートやペン、砂糖、塩、メリケン粉などだった賞品も、現在はスナック菓子や油、マヨネーズ、洗剤などに変わったという。また「昔は手弁当だったが、今は食事が出るようになった」とも。
 イタペセリカで生まれ育ち、「生まれてからずっと参加している」という生駒憲一さん(20、二世)は「今年は器械体操と踊りに参加した。友達と会えるのが楽しみ」と流暢な日本語で話す。「運動会を続けるにはどうしたらよいか」と尋ねると、「友人をつくり大人になってからも参加し続ければまだまだ続きます」と笑顔で答えた。
 当日は食事や飲み物が会場内で振舞われ、疲れた体を休めたり、懐かしい顔と昔話に花を咲かせたりして賑わいをみせていた。
 今年、会長として三度目の運動会を迎えた浜田会長は、「日本人会、青年会、婦人会、子供会らが協力してくれてうまくいきました。イタペセリカが一番賑わうという話を聞くと嬉しい」と笑顔で会場を駆け回っていた。

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