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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2009年10月1日付け

 各地でアマゾン日本人移住八十周年を祝う式典が開催され、本紙も大々的に報道した。ただ式典は身も蓋もなく言ってしまえば、表面的なものに過ぎない。主催者は良い面しか言わず、列席者もそれを聞きたがるからだ▼「三代経ったら猿になる、と言うけどあれは嘘。三年暮らせば猿になる」。先月20日に亡くなった西部アマゾン日伯協会の元会長、村山惟元さん(享年77)に今年5月、取材したおりに聞いた言葉だ。もちろん、当時の移民が過ごした過酷な環境を指して言っている▼村山さん自身もグァポレ移民として1954年にアマゾンに移住した。その後海協連に勤務、巡回先で「医者を回してくれ」「日本で聞いた条件と違う」と訴える移民を慰めたことも一度や二度ではなかったという▼「奥地では出生届けをしない日本人も多かった。最寄りの町で簡単に出生証明書を作れたからね」。それを利用し、デカセギブームの頃、日系人に成りすましてデカセギに行ったブラジル人も多かったとか。「熊本、坂本って名前が流行ってね」。そんな話に思わず身を乗り出した▼1週間分のディーゼル油を積み込んだ船で各移住地を訪れ、ニュース映画を川辺で上映した。「みんな喜んでね。人が多すぎてスクリーンが見えないほどだったよ」。身振り手振りで生き生きと語った姿を思い出す▼その訃報はまさにマナウスの祝賀会の会場で知らされた。その場にいた本紙記者も「取材しようと思っていたのに…」と残念がった。式典は周年行事のピークだが、そこでは語られない証言を紙面で多く残していきたい―そう強く思った一人の語り部の死だった。(剛)

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