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日伯論談=第24回=日本発=ブラジル人青少年の壁=スペシャリスト養成教育に力を

2009年10月24日付け

 「職業訓練校の試験科目は日本語、一般教養、数学、適正検査と面接。僕ができたのは数学と面接くらい」―。そう語る中村ロベルトさん(仮名、23)は去年12月新潟県長岡市内の部品製造工場をクビになった。不況の波は約4年勤務し、日本語会話にも支障のない彼にも容赦なく襲いかかった。彼は職業訓練校に通ってコンピューターを学ぼうと試験を受けたが通らなかった。
 私は5年前から「ながおか日本語広場」という地域外国人の交流教室でボランティアをしている。彼は私がボランティアを始めた頃からここに日本語を学びに来ていた。よく来るのは中国人研修生とブラジルから来た「デカセギ」たち。そしてその子供たちだ。
 長岡市内に住む日系ブラジル人は2004年の新潟県中越地震までは700人いた。それが地震後に500人に減り、不況で更に300人に減った。この1年でこれまで家族のように親しかった多くのブラジル人を見送った。
 デカセギ住民が架け橋となって育ててくれた日伯友好の木が、100周年の祝賀行事の華やかさとは対照的に立ち枯れていくようだ。この逆境の中で更に豊かに育っていくために、私が主に子弟教育において必要に感じていることを述べてみたい。
 私がボランティアで主に関わってきたブラジル人は、15歳~20歳くらいの青少年である。
 彼らは日本の学校では適当な受け皿がないため、適当な仕事が見つかるまで日本語を習いに来たり、同世代のブラジル人の友達との交流を目当てにやって来る。
 私の見る限り、彼らは非常に趣味に凝る人が多い。ギター、フットサル、ファッションなどについては、日本人にはない器用さと根気のよさを感じる。彼らが無為に暮らし、単純労働でお金を得る生活に落ち着いてしまうのは、彼らの将来を思うと問題に思えてならない。また、日本で犯罪に手を染める若者が多いのもこの年代である。
 一般に日本の高校はジェネラリスト(広範囲にわたる知識を持つ人のこと)養成志向が強い。普通科の高校はもちろん、工業高校、商業高校についても、工業一般、商業一般を3年間で学ばせようとするため、入学しようにも時間も経費もかかる。もちろん言語の壁もある。
 彼らには、こうしたジェネラリスト養成志向の教育より、スペシャリスト養成教育のほうが向いているのではないだろうか。つまり、観光、美容、看護、会計、コンピュータ、電気工事、大工、精肉、自動車修理などもっと職業と直結した技術を15歳以降から無料で、多言語で、短期間で、単位制で学べる環境を整えていくのである。
 これは世界的にはVocational Education and Training(VET)又はCareer and Technical Education(CTE)というカテゴリーで呼ばれているもので、オーストラリア、ドイツ、フィンランドなどで盛んだ。オーストラリアでは早ければ高校1~2年程度の在籍経験で習えるものもある。
 また、技術を習得する教育の中には、言語に寄らないでできることも多い。私の勤務校でも多くの留学生が日本語が話せない状態で工場にインターンシップに行き、技術を学んでいる。
 しかし、日本の職業訓練教育は前述の国に比べて貧弱である。職業訓練校は就業歴のある成人を対象にしたものがほとんどで、若年層を対象とした職業訓練校でもある工業高校、商業高校等も前述したとおり一般の高校としての要素が強く、就業機会の増加に直結するとは言いがたい。専門学校となると通常は高校卒業資格が要求される。
 勿論日本語が分からない日系ブラジル人にとって入学試験自体が非常に難しい。職業訓練校の入学許可の基準は各校によって異なるが、一例として大阪府が公開している「中学卒業程度」の国語の入試問題の漢字の読み問題を挙げてみよう。【(1)恐ろしい形相である。(2)私は温和な性格。(3)母の面影。(4)回数が頻繁になる。(5)伝統が培われた】
 これらの語彙は外国人のための日本語能力試験の出題基準に照らせば、1級が3語、級外が2語で、大学で学ぶ留学生でも回答できないレベルである。職業技術を身につけるための入試で、このような問題が本当に必要なのだろうか。
 不況で雇用を待つ人々が学ぶ場が混み合っている今こそ、職業訓練教育の充実を測る好機である。現行の職業訓練校の受け入れ基準の見直しは勿論、全入時代に入った大学が市民のための公開講座として特化した教育メニューを提供したり、既にある専門学校が政府や企業の補助を得て無償で技術を学べる機会を提供するのもよいだろう。
 その際は職業訓練用の教科書の多言語化、インストラクション(指示)の日本語の平易化、国家試験の言語の多言語化も推進したい。そしてそれらによって身につけた技術を持っている人にインセンティブを与えていく社会システムを構築する。
 これらの改善によりブラジル人青少年の多くは今とは異なる状況に移行できるのではないだろうか(受け皿となる雇用の創出は別の議論として必要だが)。
 高校を卒業しているかどうかで人材を判断するのではなく、何ができて、何ができないかで人を評価・活用していく社会作りは日本人にとっても有益である。自尊感情を持てない若者で満ちている社会全体を変えるためにも、職業訓練改革の必要性を訴えていきたい。

松田真希子(まつだ・まきこ)

 長岡技術科学大学教育開発系講師(留学生担当)。ながおかにほんご広場ボランティア。著書に『O Jeitinho no Japao para Os Brasileiros―ブラジル人のためのニッポンの裏技』(春風社)など。

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