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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2009年12月9日付け

 アマゾンで会った多くの移民が評論家大宅壮一の「緑の地獄」という比喩に強い反感を持っていることを知った。それはそうだろう。出た人にとっては地獄だったろうが、数十年住んでいる人には、天国ではなくとも都だろうからだ。しかし言葉は恐ろしい。アマゾン=地獄という図式は、長く日本人を捉え続けた▼このイメージを変える一端を担ったのが開高健の「オーパ!」(1978年)だったことは、疑問を挟む余地がない。当時としては3千円という高価にも関わらず、数年のうちに十万部を売り上げ、版を重ねた。写真家、高橋曻(07年に死去)撮影による300点の写真と饒舌体ともいわれる文章が、鳥獣虫魚の宝庫アマゾンの神々しいまでの美しさを伝えた▼その開高が生きていたら、欣喜雀躍(きんきじゃくやく)するようなニュースが今年9月、共同電で流れた。モンゴル帝国の祖、チンギスハンの陵墓の所在が34代目の末裔の証言により、にわか発見の現実味を帯びたのだ。「オーパ!」の続編でモンゴル釣行を行った開高晩年の夢は、その世界史上の謎の解明だった。騎馬民族は墓を持たない。大阪外国語大学蒙古語学科卒の司馬遼太郎は、著書「街道をゆく5 モンゴル紀行」でも、その存在にすら触れていない▼今日9日は、開高20年目の命日にあたる。司馬は弔辞の中で「あるやなしやの存在であればこそ、大兄にとっていよいよ固執すべきものであったのです」と、〃行動する作家〃の精神を称えた。アマゾンの見方を変え、昭和と共に逝った文豪の存在を、移民80周年節目の師走に今一度、思い起こしておきたい。 (剛)

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