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第33回県連ふるさと巡り=リオ、ミナス街道をゆく=アチバイアで交流の輪=先没者悼み、法要も=《1》

ニッケイ新聞 2010年3月24日付け

 「触れ合いの 輪を広げたく 旅に出る」(初参加の平谷伊佐さん作=流名)―。22年目を迎えるブラジル日本都道府県人会連合会(与儀昭雄会長)主催『第33回移民のふるさと巡り』の一行は、17~21日にわたりサンパウロ、ミナス、リオ3州を巡った。サンパウロ、ミナス州間を結ぶフェルナン・ジアス街道沿いに位置する花と苺の街アチバイアから始まり、計4カ所の日本人会を訪問。今まであまり知られていなかったコロニアとの出会いもあり、参加者らの胸に感動がこだました。(長村裕佳子記者)

 初めての参加者約10人を含む82人が参加。17日午後2時、リベルダーデ広場からバス2台で出発した。最初の目的地は、毎年9月に行われる「花と苺祭り」で有名な街アチバイア。聖市から約55キロの場所に位置する同地に向け、フェルナン・ジアス街道を突き進む。
 現在約12万人の同市に日系人は約6千人。日本人が最初に入植したのは1936年で初期はジャガイモ作りが多かったという。現在の日系農家は主に花卉、果樹栽培に携わる。
 今月の豪雨による土砂崩れで道中橋が崩れていたことから迂回、午後5時頃に到着した。
 同地で出向かえたアチバイア日伯文化体育協会の吉田治美元事務局長らにより最初に案内された場所は、アチバイア日伯文化センター。
 同センターは1990年に完成、文協日本語学校、花卉生産者協会(プロフロール)、アチバイア・オルトランジア協会の3団体によって運営されている。
 足を踏み入れると、来月17日に開催される同校創立10周年記念式典に向け、生徒らが劇の練習をする元気な声が響いていた。現在、生徒数は約55人だ。
 「昔の人の苦労を知って感謝したい」と数珠を手にサントアンドレーから参加した多川富貴子さん(73、三重)は、「サントアンドレーの日本語学校はなくなってしまった。ここにはいい先生が集まってそう」と教室を眺めていた。
 その後、先没者の追悼法要のために文協会館へ移動。同文協は今年で創立58年、会員は約310家族。現在の会長、地坂マリオさん(47)が27代目で初めて誕生した二世会長だ。
 浄土真宗本派本願寺南米教団伯国別院の嘱託・浄念信行氏が経を唱える中、地坂会長、今回の団長を務める本橋幹久県連副会長に続き、参列者全員が焼香を行った。
 地坂会長は、「皆さんをお待ちしておりました。遠くから来て、同地の先没者を弔っていただきありがたい」と日語であいさつ。
 アチバイア川筋清流太鼓の迫力ある演奏を楽しんだ後、アチバイア清流クラブの仲正雄会長の乾杯の音頭により、婦人部手作りの料理を前に歓談を交えた夕食会が始まった。
 「よく来ましたねえ。いい所へ」と笑顔を滲ませるのは、秋山勇副会長(広島)。
 「ここは治安がいい。地価が安い、自然が多い。アポゼンタした人も多く引っ越してくる」と紹介する。近年、同地では日系人の増加が目立つという話も耳にした。
 親しげに言葉を交わす本橋団長と同地の吉田元事務局長は、カンピーナス東山農場の第二回研修生の同期だったそう。
 同研修生は1958年から2年ごとに約20人づつ派遣され、第3回生まで続いた。二人は「伯国に残るのは、3分の1と人数が少ない。それゆえ団結も固い」とその絆を確かめ合っていた。
 毎回、車椅子でツアーに参加する及川君雄さん(73、岩手)は、アチバイア在住。今回は参加せず、現地でのお出迎え。
 追悼法要のために自身の花卉栽培からきれいな花も提供、「同地がルートになり嬉しい」と、バスに乗り込む一行に笑顔で手を振っていた。(つづく)

写真=アチバイア日伯文化センターで吉田元事務局長の説明に聞き入る一行/地の先没者を深く悼み、心から弔った

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