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チリ地震発生1カ月=「国民守る政府がなぜ」=津波誤報で愛妻失う

ニッケイ新聞 2010年3月27日付け

 【サンティアゴ共同=名波正晴】死者・行方不明者約500人を出したチリ大地震から27日で1カ月。「津波の恐れはない」と政府が流した誤情報を信じた多くの人々が津波にのまれ犠牲になった。
 首都サンティアゴ在住のウゴ・フエンテアルバさん(58)も休暇先の中部ディチャトで愛妻を失った。「国民を守るはずの政府がなぜだ」。過失致死容疑で政府を刑事告訴、責任者の処罰を求めたが、今もやり場のない怒りを抱えている。
 「神様、息子をお助けください」。妻エリアナさん(54)はこの言葉を残した後に波の中に消えた。地震発生から約3時間半がたった2月27日の午前7時すぎ。海岸近くの貸別荘に荷物を取りに戻った直後、背後から車のクラクションが鳴り響いた。車内で待っていた妻が津波の到来を知らせた。外に出ると背丈以上の大きな波に息子(32)とともにのみ込まれた。
 続いて襲った第2波は高さ3メートル以上に及び、フエンテアルバさんと息子は街路樹の枝にしがみついた。やがて波が引き、妻が乗った白い車が見えた。窓ガラスが開いたままの後部座席で妻は息絶えていた。
 地震発生直後、高さ約70メートルの丘めがけ車を数キロ走らせて避難していた。「津波の恐れはありません」。午前5時半すぎ、バチェレ大統領=当時=の落ち着いた声がラジオで流れた。皆が様子を見るよう忠告したが、フエンテアルバさんは「大丈夫だ。戻ろう」と提案、同行したエリアナさんの姉(57)も波にさらわれた。
 フエンテアルバさんの担当弁護士は「国民の負託を受けた公務員は憲法上、国民に正確な情報を提供する公的任務がある。これを怠ったため人命が失われた。個々の法的責任の追及は可能だ」とみる。
 死者の多くは津波によるとされ、この弁護士は他の2件の刑事告訴も準備。さらに30家族から告訴への法的助言を求められているという。
 海軍当局は25日、情報の適切な評価を誤ったため、津波警報を発令しながら解除するミスを犯したとする報告書を公表、責任者を罷免した。 前代未聞の失態に対する国民の批判の高まりもあり、検察当局も海軍や国家非常事態庁など関係者の立件に向けて本腰を入れている。
 「だれも非難するつもりはない。『大丈夫、安心してください』と言った大統領を除いて」。フエンテアルバさんは声を震わせた。

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