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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2010年4月9日付け

 本日はニッケイ新聞と名を変えて3千号目となる。1947年1月創刊のパウリスタ新聞、49年1月創刊の日伯毎日新聞が合併して、1998年3月3日に創刊号を出してから12年と1カ月が経過した。パ紙から数えれば63年だ▼歴史をひもとけばパ紙創立の中心である社主の蛭田徳弥、竹内秀一、編集長の木村義臣、溝辺義雄らは、戦前に三浦鑿の日伯新聞(1916年8月創刊)の中軸を支えていたメンバーであり、実質的な後継紙として活字も含めて継承された。一方の日毎創刊の中心は中林敏彦ら同家メンバーで1932年創刊の日本新聞(翁長助成社長)で新聞事業を学んでおり、これまた歴史は古い▼ニッケイ新聞創刊の辞で吉田尚則前編集局長は、「読者と共に歩むことを基軸に置いた編集となる」と宣言した上で、「人種と文化の混交化が進む実験国家ブラジルにあって、われわれの子孫はどのように栄えていくのか」を常に考え、「一世の体温が伝わるバトンを直接、子孫に託さなければならないという認識を持つことが重要」と書いている。この機会に改めて肝に銘じたい▼移民開始から百年が経ち、いまや全ての伝統的な日系組織が危機に直面しており、解決策を模索している。新聞社もしかり▼そんな中、弊紙は今週から第2日系社会面(6面)が不定期になった。危機を乗り越えるための一つの方策とはいえ、慚愧に堪えない。日本には「七転び八起き」という言葉があるが、ブラジル風に言えば「バランサ・マス・ノン・カイ(揺れるけど倒れない)」だろうか。当地ならではの柔軟な精神で取り組みたい。(深)

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