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■記者の眼■拝啓、麻生太郎前内閣総理大臣

ニッケイ新聞 2010年5月1日付け

 「一歳にて祖国を離れ未だ見ぬ富士山なれど常に慕わし」(諏訪とみ)――。親に連れられ幼少で渡伯した子どもが、親から繰り返し聞かされた霊峰富士を懐かしい、慕わしいと感じる気持ちは、移民ならではの切ない心情です。そんな想いをもって最近の日本を見る移民や日系人は、心配を募らせています。
    ☆    
 この4年間で3回も来伯した大物政治家は、前総理だけであり、まさに日伯議連会長の面目躍如であります。そんな前総理だからこそ、知って欲しいことがあります。
 一昨年、総理就任の際は、弊紙も08年9月26日付け日系社会面トップ記事で「百周年に〃ブラキチ内閣〃発足=親伯派議員が続々入閣=コロニアから期待の声」との喜びを報じました。
 同時に起きてしまった「百年に一度」の金融危機を受け、失業が相次いだ日系人に対して年末には小渕優子少子化担当相に定住外国人への支援策取りまとめを指示された手際は見事でした。
 それが09年4月から実施された「日系人就労準備研修事業」と「日系人離職者に対する帰国支援事業」に結実したのは記憶に新しいところです。
 なかでも「帰国支援事業」に関しては、当初こそ弊紙はじめ伯字紙、NYタイムスからも批判がでましたが、5月に制限期間を「原則3年」と発表し収束させました。事実2万4千人余がその制度で帰伯しており、伯国政府も欧米諸国にはない手厚い処置だと感謝しています。一人当たり30万円だと単純計算すれば約75億円もが使われた事になります。
 これに関し、日系社会としてはまずお礼を言わねばなりません。

数年でゼロの日系予算

 07年8月の外相時代、伯国訪問された際、日系人は「日本にとっての〃善意の含み資産〃。この資産を生かさない手はない」と語りました。
 しかし、弊紙の調査によれば外務省が管轄する国際協力機構(JICA)の海外移住関係費は06年度の5億200万円と比べ、今年度(平成22年)は3億6700万円と35%強も減少しました。95年には約26億円もありましたが急減しています。
 この予算枠は世界の日系人に対する日本語教育、高齢者対策などの日系人関連予算の総額ですが、あと数年でゼロになると予想されます。
 国際交流基金サンパウロ事務所も予算を削られており、このままではブラジルにおける日本語教育も日本文化普及も尻すぼみになることは目に見えています。

伯国で競り負ける日本

 ところが04年に中国政府が打ち出した中国語教育機関「孔子学院」は08年1月現在、わずか4年で世界に200校まで一気に広げました。当地でも中国語学習熱は大変な盛り上がりです。
 進出企業もしかり。06年にブラジル政府が日本の地デジ方式をせっかく採用しても、その最大の恩恵を受けているのは韓国企業の液晶テレビ製造会社との評判です。
 JALは先日、32年間続いたサンパウロ・成田路線を9月末から運休すると発表しましたが、大韓航空は08年から週3便、中国国際航空公司は09年12月から週2回を再開させた矢先でした。
 いったい日本はどうなってしまったのでしょうか。海外在住者は歯がゆく思っています。

盛り上がる日系パワー

 08年6月に前総理自身が百周年式典(ブラジリア、聖市)に参加し、いかに国民全体が祝ってくれたかを実感したことでしょう。コロニアだけで祝った90周年までと違い、百周年はまさに国民の祝典でした。かつてどこの国で同様のことがあったでしょう。
 南マット・グロッソ州都カンポ・グランデ市には沖縄系子孫がたくさん在住し、沖縄ソバが市の〃郷土料理〃に認定されています。また日本にはない日本食まで生まれています。手巻き寿司専門店「テマケリア」は聖市を発祥の地とし、全伯に広まる勢いです。前総理が力を入れていたマンガ・アニメも当地の若者を魅了しています。事実、外務省も関係する世界コスプレ大会ではブラジル人が2回優勝しています。
 これは移民や日系人が目の前にいることにより日本文化が身近な存在になるという〃文化的触媒〃効果です。このような日本近代史上に残る民族的な実験が当地を舞台に行われています。
 日本国は移民を通して国民的な深い絆を平和裡に作ったのです。当地メディアには「電話帳ができるぐらい」(エスタード紙編集委員ジョルジ・オクバロ氏談)の日系ジャーナリストがいます。政界、経済界、文化界などに日系人は散らばっています。
 しかし、日系人との絆を断つかのような「移住関係費」の扱いのままでは、150万日系社会は本当に〃含み資産〃で終わってしまいます。
 近年JICAは和太鼓の専門家をシニアボランティアとして派遣し、わずか2年間で2千人もの日系若者を中心とした和太鼓奏者を増やし、日系社会の芸能に強いアクセントを加えました。その成果が、前総理の前で聖市百周年で披露された千人太鼓です。
 これは単なる日系社会支援ではなく、立派な日本文化普及です。

変わる「移住」の意味

 これを機に「移住関係費」ではなく、大局的に日本語教育や日本文化普及を外交戦略の中にとらえなおし、〃目に見える資産〃として有効活用する発想の転換をお願いしたいものです。
 BRICsの一角たる伯国との関係を深め、70年前後の〃ブラジルの奇跡〃の頃のように日本企業が本格的に投資を再開するのに、日系人の存在はまさにキーマンといえるものです。
 先に来伯した小泉元総理も、ブラジル日本商工会議所メンバーとの懇談会の中で、日本就労経験のあるブラジル人を優先的に日本企業で採用していくことを呼びかけました。日本の景気対策に連動しつつ、日本式就労慣習を知る人材を採用できる一石二鳥の方策でもあり、ぜひ前総理からも呼びかけをお願いしたいところです。
 日本政府が「移住は終わった」との認識を持っていると聞きます。しかしグローバル化した現代において「移住」の意味自体が変わってきています。今は「行き帰り」を繰り返すことが移住ではないでしょうか。
 日本国内は厚労省、伯国は外務省と区分けするのでなく、日伯を行きする子孫全体を一貫した政策の中で扱い、いかに互恵関係を強化できるか。政策の根本から「移住」認識を変える必要があるでしょう。
 現在は与党ではなくなってしまいましたが、この機会にじっくりと大局的な立場から、いずれその時が来るであろう国政を考え直す時の参考にしていただきたいところです。(深)
                                    敬具

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