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日本語教師リレーエッセイ=第9回=学び、集い、人を育てる日本語学校=ブラガンサ日本語学校=植西晶子

ニッケイ新聞 2010年8月21日付け

 私は1991年にJICA開発青年(現在の青年ボランティア)の日本語教師としてブラジルに来ました。3年間サンパウロとアチバイアの日本語学校でお手伝いしながら色々と勉強させて頂き、その後、結婚して住み始めたブラガンサパウリスタの日本人会で教師の仕事をお引き受けして今年で16年目になります。
 当時は古い黒板1つと机、椅子だけからのスタートでしたが、生徒たちと一緒に学校を掃除したり、会にお願いしてテレビ、ビデオ、子ども用の本などを購入していただいたり、と少しずつ日本語学校らしくしていきました。
 また、教科書を見ずに会話の練習が出来るように絵を大きくコピーしたものをたくさん作って教室にぶら下げたり、物がないながらも何とか工夫して授業をしていたのも良い思い出です。
 その後、1999年に日本人会が食事会や協力券で集めたお金で新教室を建ててくださり、日本からJICAボランティア青年を迎えて生徒、教師も増え、父母会も出来て皆さんの協力で学校を続けてきました。
 現在は、幼児から成人までの生徒50数名が年齢、レベル別のクラスで日本語を学んでいます。会話、読み書きの他に年中行事や歌、読み聞かせ、折り紙、工作、ゲーム、日本の学校との文通、劇などを取り入れながら、楽しい授業を心がけています。
 また、自分の家族や町の歴史を知るための「移民学習」や昨年開催した「原爆展」をきっかけにして始めた「平和学習」なども、日本語学習の一環として行っています。
 生徒の3分の1程は非日系ですが、優秀で意欲があり日本文化にも関心のある生徒が多く、日系の生徒達にも大変良い影響を与えています。日系人はもちろん、非日系の人にいかに日本語、日本文化の魅力を伝えていくかがブラジルの日本語学校や日系団体が今後発展していくためのカギなのではと思っています。
 ブラジルで日本語教師をして20年目になりますが、自分の日本語教育についての考え方も少し変わってきました。
 初めのころは、「日本語学校ではどうしてこんなに行事が多いのだろう。行事の準備の時間をもう少し会話の練習にでもあてればいいのでは?」と多少疑問を感じていました。また、「私は自分が昔勉強したような『日本学校』に子供を入れたかったんです」と生徒のお母さんが言ったのを聞いて「『日本語学校』なのに変だなー」と思っていました。
 しかし、今ではそういった行事の大切さやその母親が言っていた「日本学校」という言葉の持つ意味がわかってきたように思います。それは「語学だけではなく日本文化や価値観を教えてくれ、良い仲間の出来る、安心して子供を託せる場所」なのではないでしょうか。
 確かに「将来日本語が使えるように効果的な授業をする」ことが日本語学校の一番の役割であることは言うまでもありません。が、様々な活動を通じて、幅広い価値観、協調性、責任感、リーダーシップを備えた人間を育てることは本当に大切なことです。子供~青年時代に「みんなで力を合わせてがんばった」経験をし、一緒に働く事の楽しさや苦労を知ること、また、お金のためではなく、会のため、学校のために労を厭わず働いてくれている大人達を見ることは、普段の授業では得ることの出来ない貴重な体験であり、彼らの将来の大きな力となるものだと信じています。
 ブラガンサでも、2008年の移民百周年をきっかけに始まった「日本祭り」が今年第3回を迎えました。生徒たちは会場の飾りつけから折り紙、金魚すくい、書道などの文化体験ブース、また舞台での踊りや太鼓の発表と大活躍しました。祭りの後で生徒たちが「大変だったけど楽しかった。また来年もやりたい」と瞳を輝かせて話すのを見て「この子たちがいればまだしばらく日系社会は続くかもしれない」と頼もしく感じました。
 数年前に会の方とお話していた時に、「30年後に日本人会が存続しているかは、日本語学校にかかっているんだよ」と言われ、有難いと思うと同時に責任の重さに身が引き締まる思いがしたのを覚えています。その後、生徒や元生徒達が中心になって数十年途絶えていた「青年会」が復活し、「太鼓」や、学習発表会のために練習を始めた「よさこいソーラン」が日本人会の部活動として定着するなど、若者の活動が活発になってきたのは本当に嬉しいことです。
 日本語学校が「学びの場」であると共に「楽しい集いの場」となり、今の生徒たちが将来、日系社会のリーダー、そして日本とブラジルの架け橋として育っていくことを願い、これからも日本人会と手を携えてがんばっていきたいと思っています。

植西晶子 うえにし・あきこ

 北海道札幌市出身、48歳

写真=ブラガンサ日本語学校の生徒たち

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