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12年のデカセギ支援に終止符=Gニッケイが終了宣言=「役割果たし終えた」=帰伯者4千人以上に応対

ニッケイ新聞 2011年4月21日付け

 「十分に役割は果たしたと思うのでこれで活動を終了します。今まで協力してくれた家族、ボランティア、求職情報を寄せてくれた企業のみなさんに感謝したい」。12年前から帰伯デカセギに職業紹介するボランティア活動を続けてきたグルッポ・ニッケイ(Grupo Nikkei de Promocao Humana)の島袋レダ代表(60、二世)は18日、晴れ晴れとした表情でそう語った。ただし、日系社会や日系企業からの支援がほとんど寄せられなかったことも活動終了の原因としてあげており、この活動を引き継いでくれる団体があればノウハウを伝えたいと語っている。

 島袋さんは今までボランティアを続けてきた理由を、こう語る。「私の気持ちとしては、開拓生活で大変な想いをした一世のみなさんへのお礼の気持ちでこのプロジェクトを続けてきました。乗船者名簿のデータベース化をした時もたくさんの方が船上で亡くなり、水葬されたことを知りました。また植民地でマラリアなどにより亡くなった方もたくさんいる。そんな一世の子孫がブラジル社会で恥ずかしくなくちゃんとやっていけるように、私たちが支援しなくてはとの想いで続けてきました」。
 さらに「別に華々しい終了セレモニーはやりません。ボランティアのみんなに内輪で謝恩会を考えています」という。
 実は08年10月にも「資金的な支援がなければこれ以上続けられない」と宣言したことがある。その時は世界金融危機が始まり、デカセギ帰伯者が急増し、再就職支援事業への相談者は激増したため、急きょ継続となった。しかし昨年後半から通常のペースに戻り、一山越えた格好だ。 それに同じ帰伯者支援の主旨でブラジル労働省と文化教育連帯学会(ISEC、吉岡黎明会長)が帰伯労働者情報支援センター(NAITRE)を1月から開設したことも活動終了を決断する要因のようだ。
 また、この活動を始めた99年10月、当地の失業率は約20%だった。それから好景気となり、現在では6%前後まで下がったことも決断の背景にはある。今まで彼女の家族が経営するパウロス印刷が月々の費用3千レアルを負担する形で続けてきたが、それにも限界がある。
 島袋さんは百周年時には「足跡プロジェクト」を個人的に立ち上げ、戦前戦後の乗船者名簿を総てローマ字に表記のデータベース化する事業も行なった。今は史料館に受け継がれている。島袋さんは今後あらたに「本の出版などを手がけたい」と考えている。
 グルッポ・ニッケイの最後の帰伯者向け再就職支援セミナーは3月末が最後の回となった。「本当に残念なことですが、お金の問題も含め私の力ではもうこれまで…。協力してくれたみんなにはただ感謝したい。誰か続けてくれる人がいればノウハウはお伝えします」と語った。
 グルッポ・ニッケイは昨年末までに1万3854人の失業者を応対した。うち日系人は8171人(帰伯者は4524人)。2010年だけで1080人を求職者登録した。

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