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■訃報■連邦下議 上野アントニオ義雄氏

ニッケイ新聞 2011年10月1日付け

 連邦下院議員を8期32年務め、日伯友好に尽力した上野アントニオ義雄さんが先月30日午前8時半頃、サンパウロ市サンタカタリーナ病院で前立腺癌のため亡くなった。享年89。
 2004年から体調不良を訴え、入退院を繰り返し、先月10日から同病院で投薬治療を受けていた。
 1922年、パラナ州カンバラ市出身。リベイロン・プレット総合大学経済学部卒業後、ブラジル拓殖組合トレス・バラス移住地事務所に勤務、アサイ綿花株式会社を設立し社長に就任した。
 勝ち負け抗争のさなか、州内日系団体を統合したパラナ文化運動連盟(通称リーガ)を47年に創立させ、スポーツを通してコロニアの団結を図った。
 移民50周年(58年)では、初の皇室ご来伯となった三笠宮殿下のパラナ州歓迎委員長。
 55年からアサイ郡会議員を2期、62年に日系初のパラナ州議(1期)に当選した。
 67年から連邦下院議員。8期連続32年はブラジルでも最長。国政に携わる傍ら、日伯間の政、商、工業会の交流に貢献した。伯日議員連盟の議長として、経済使節団を率いての訪日は35回。
 天皇陛下の謁見は約27回、皇太子さまとは18回を数え、皇室に一番近い日系人だった。
 パラナ日伯商工会議所を設立、長く会頭を務めた。08年の日本移民百周年では、パラナ百周年の祭典委員長。
 パラナ新聞社長、北パラナ運動連盟理事長、ブラジル福岡県人会顧問などコロニア団体の要職に就いた。88年、勲二等旭日重光章。
 通夜は30日午後9時にアルベルト・アインシュタイン病院であった。葬儀は1日午後4時からイタペセリカ・ダ・セーラ市のオルト・ダ・パス火葬場(Crematorio Horto da Paz, Rua Horto da Paz, 191, Potuvera, Itapecerica da Serra)で営まれる。初七日は未定。

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