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世界市民的な移民女性=平田美津子という生き方=第2回=大東亜省で大臣秘書に=「東京ローズ」と働く

ニッケイ新聞 2011年10月18日付け

 1940年7月に成立した第2次近衛内閣で外務大臣に就任した松岡洋右は、強烈なリーダーシップをみせ、それまで官僚主導だった外交を転換させるべく、重光葵(駐英大使)以外の主要な在外外交官40数人を更迭し、代議士や軍人などを代わりに送り込む「松岡人事」を実行した。この時に父・岡本久吉、テヘラン公使まで務めた父の兄・武三(たけぞう)、父の弟・季正(すえまさ)と岡本家3人がそろって辞表提出を強いられた。
 しかし、開戦後、父の勧めで大東亜省の青木一男(アオキ・カズオ)大臣の秘書として数カ月働いた。これは東条英機内閣によって設置されたもので、大東亜共栄圏諸国を外務省管轄から別扱いして統治するための機関だった。英語力を買われて、英文記事などの翻訳をしたが「仕事がつまらなかった」という。
 そんな時、ジャパン・タイムスにラジオ・トウキョウ放送(現在のNHKワールド・ラジオ日本)の英語アナウンサー募集広告が出た。「開戦と同時に英語教師が全員クビになったので、凄い数の人が応募していました。私は絶対に落ちると思っていたら、合格通知がきたのでビックリ」。
 そこで、出会ったのが平田進だった。同じ英語部署には、のちに「東京ローズ」の一人として有名になる米国二世の戸栗郁子(とぐり・いくこ)もいた。美津子は「あの人は米国兵士向けの放送で、別の部屋だった。私たちニュース部の人間はあの部屋には絶対に入れなかった」という。
 太平洋戦争中、日本軍はNHKを使って連合国軍向けの対外宣伝ラジオ番組(プロパガンダ)を43年から終戦まで放送していた。番組名は「ゼロ・アワー」。音楽と語りを中心に米国人捕虜が連合国軍兵士向けて呼びかけるスタイルで、前線の士気を下げるような内容が放送された。
 ウィキぺディア「東京ローズ」によれば、魅了する口調で「今頃あなた達の奥さんや恋人は他の男と宜しくやっている」などとの棘のある内容を放送した。また「英語を話す女性アナウンサーは複数存在したが、いずれも本名が放送されることはなく、愛称もつけられていなかった」とある。
 美津子は「ゼロ・アワーには戸栗さんともう一人女性アナウンサーがいた。あとオーストラリア軍捕虜の放送専門家3人がいた」と証言する。
 しかし、「東京ローズ」だと戸栗が唯一証言したために、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)により反逆罪容疑で巣鴨プリズンに投獄されたが、証拠なしとして釈放。米国に帰国後も「対日協力者」として起訴され、禁錮10年、アメリカ国籍剥奪などの判決を言い渡され、女性として史上初の国家反逆罪となった。
 美津子は、「あの人と部屋は別だったけど、食事の時とか始終顔を合わせて、親しく話をしていましたよ。戦争の後、アメリカで裁判にかけられて…」と同情する。放送原稿は別として、内心では「放送局内では日本がもうじき負ける、とてもアメリカに勝てる訳がないとみんな思っていました」と述懐する。
 英語放送をする部署だけにどこかアメリカの空気が漂っていた。自分が育った米国と日本が戦争をしている状況には「辛いものがあった」という。
 一方、すぐ後ろの部署にいたのが、ポ語放送を担当していた平田進だった。美津子にとって平田は、米国でも日本でもない、いわば中立地帯のような男性だったのかもしれない。(つづく、敬称略、深沢正雪記者)

写真=1941年に東京で撮影。この直ぐ後にNHKに就職し、未来の夫と出会う(平田家所蔵)


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