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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2011年11月9日付け

 経団連会長を務め、「土光臨調」といわれる行政改革の舵取りをした財界の大物・土光敏夫(1896—1988、岡山)は伯国と縁が深い。彼の本棚を覗くという『文藝春秋』10月号記事によれば、やはりブラジル関係の本が残されていた▼1920年に東京石川島造船所(現IHI)に入社、経営の危機にあたり50年に社長就任して再建に取り組み成功させた。その途中、52年にブラジル海軍への軍隊輸送船2隻の納入が国際入札で決まったのがきっかけで、59年にリオに石川島ブラジル造船所(イシブラス)を設立した。「主力銀行幹部からは『海外進出は国内の本業を固めてから』と反対され」(同)る逆風の中で実現させた▼『ブラジル特報』09年9月号にイシブラス元副社長が90年代に休業状態に陥った経緯を書いており、近年はレシフェ郊外の工業団地に設立されたアトランチコスル造船所(伯国資本)が一人気を吐いているとあり、その最期に同造船所の「生産を担う幹部は工場長をはじめ殆どが元イシブラスの社員で、図らずもイシブラスがレシフェで再起したかの観がある」とあるのは感慨深い▼昨年3月のエスタード紙には、その造船所で日本のデカセギが溶接工として約80人も契約されたとの記事が出た。技術陣はイシブラス、溶接工はデカセギ—と聞き、日本企業ならではの日伯を繋いだグローバルな展開ができないものかと考え込んだ▼昨年11月にIHI広報は当地に「新しい現地法人」を開設したと伝えた。土光敏夫は晩年「妻と二人でブラジルで畑でも耕して暮らそうと思っていた」と話していた。長期的な戦略で捲土重来を期待したい。(深)

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