ホーム | 特集 | 新年特集号 | 2012年新年号 | USP騒動の真相は何処に=食い違う報道と現場の声=世界で若者の不満が爆発した昨年を振り返る

USP騒動の真相は何処に=食い違う報道と現場の声=世界で若者の不満が爆発した昨年を振り返る

新年特集号

ニッケイ新聞 2012年1月1日付け

 2011年を振り返ると、様々な形で若者の不満が噴出した年であった。年頭から続く〃アラブの春〃やチリの教育改革運動、ウォールストリートでの座り込み等々、数え上げればきりがない。伯国、それも聖市にいて若者の不満を感じさせられた事の一つは、10〜11月にサンパウロ総合大学(USP)で起きた一連の出来事だ。この件を中心に、若者の怒りが爆発した昨年を振り返った。

 10月27日に大麻を吸っていた学生逮捕騒動をきっかけに起きた破壊行為(ケブラケブラ)や、それに続く哲学文学人文科学学部棟と本部棟占拠などは本紙でも報じてきたが、これらを通して気づかされたのは、報道の偏りや軍警導入を決めた学長の民主主義とは口ばかりのやり方、外見や一部の報道のみを材料に安易に批判する人々の存在などだ。
 報道の偏りは、自分達への自戒も込めて考えさせられるが、10月27日のケブラケブラは、大麻吸引の学生が警察に連行されるのを阻もうとしたのが原因との報道は、ある意味で正しく、ある意味で間違っている。
 実際には、大麻吸引者ありと通報を受けた警察が誰彼なしに荷物を改めたりした後に大麻所持の学生3人を見つけたものだが、前歴はないから学内で調書を作り、穏便に済ませようとする人々と警察の交渉時、許可なく学部棟内に入ろうとした警官がいた事なども学生をいらだたせた。
 また、治安確保のため導入とされる軍警が、5月に殺人事件が起きた駐車場など、治安の悪い所を巡回するでもなく、学生達を胡散臭そうに眺めているという実態への不満もくすぶっていた。
 しかも、州政府と交わされた軍警常駐に関する合意は、ジョアン・グランジノ・ロダス学長が設けた諮問委員会にかけたのみで、最高決定機関である経営審議会には諮られないまま成立した。

 学生相手に銃器や=催涙弾を使用!?

 また、本部棟占拠者を退去させるために400人の機動隊や騎馬隊が派遣された日、主なテレビ局は、警官は警棒と盾を使っているだけで銃器不使用と伝えたが、実際には、学生側の抵抗を少しでも回避すべく、朝5時に子持ちの家族も住む構内の学生寮を取り囲み、何事かと様子を見に通路に出て来た数人の学生に一種の爆弾である催涙ガス弾を使用している。
 また、当日朝、某局の女性レポーターが生中継中に女子学生にマイクをもぎ取られたとの話も、地面に転がる石を映し、学生側は投石などを行ったが、警察は銃器を使っていないと根拠もなく報告する姿に立腹した学生が、真実を伝えていないと抗議するつもりでとった行動だったという。
 学生寮での軍警の行動については検察局が捜査開始との報道はしばらくたってフォーリャ紙などに掲載されたが、本部棟内で発見された火炎瓶については、棟内にいた学生さえ見た事がなかったとの情報があるのはどう理解するべきか。10月27日の騒動事件でも、軍警側の被害や負傷者については報じても、学生側の負傷者に触れた新聞記事は出なかった。
 ジェラウド・アウキミン聖州知事は一連の出来事から、「USP学生は民主主義について学ぶべき」と発言した。だが、黒人青年には犯罪者かその予備軍が多いと決めてかかる警官も多く、警官による犯罪も多発している事を知る人々から、大学の自治を無視した軍警導入や、警棒にものを言わせるやり方が民主的かという素朴な疑問が湧いてきても不思議はない。
 また、対話を求める学生の声には応えようとせず、法学の知識を活かして自分に火の粉が降りかかるのを避けているとまで言われる学長(前法学部長)のやり方が、民主主義の鏡たる大学教育の場に相応しいかも問われるべきだろう。もっとも、学内選挙で3位だった現学長を選任したジョゼ・セーラ知事のやり方も民主主義に反すると批判されたが…。

 「アラブの春と共通」との説も

 11月13日付エスタード紙によれば、1938年にブラジルで生まれ、現在パリ国立科学研究所の社会学研究所長、19〜20世紀の革命研究などで知られる政治哲学者のミシェル・レヴィ氏は、USP学生の行動は様々な不満表出の一つで、本質的には軍政時代に起きた学生運動と軌を一にし、アラブの春やチリの学生運動、ウォールストリートでの反資本主義運動とも共通する性格のものだという。
 この説を目にした時、改めて思い出したのは、連邦直轄区で起きたDEMメンサロンなどでも、真っ先に抗議行動を起したのは学生を中心とした若者だった事だ。
 アラブの春は、フェイスブックと呼ばれるインターネットの社会ネットワークを通し、独裁政治への不満を訴えた若者達の声が、その国全体を巻き込むうねりとなり、隣国にも波及して行ったもので、チリの教育改革を求めた学生運動も、賛同する国民が継続マラソンにも加わるなど広がりを見せている。
 レヴィ氏のいう1960年代から始まった国際的な動きの一端との言葉からは、日米安全保障条約に反対して起きた日本での東大安田講堂事件や学生運動の嵐が吹き荒れた頃のフランスなどの光景も思い出された。
 USPの場合、フェイスブックなどを通じた外部への働きかけはされておらず、現在は学内の事件に留まっているが、占拠やスト、デモ行進などは伝統的な抗議行動の形態で、一連の動きは、軍警の学内常駐と自由束縛に対する学生達の不満の叫びが表出化した火花に過ぎないという。

 「きっかけは大麻」は本当か

 そういう意味で、USPの軍警常駐に関する記事には今も、〃きっかけは大麻〃との注が添えられ、大麻を吸いたい学生が自由な行動を取れなくなる事を嫌っただけの抗議行動かの如き言い方をする人がいるのは、表層的な見解といえそうだ。
 ましてや、大麻を吸う学生がいるのはUSPだけであるかの如き発言をするに至っては、他の大学の学生も大麻の匂いを知っていたり、学校の入り口で麻薬を売買したり吸引したりする人々がいる事で悩む中学や高校さえ多い伯国の現状を知らないまま、マスコミの報道を鵜呑みにした考えといえなくもない。
 また、レヴィ氏が挙げたAUTONOMIAという言葉も大切で、最近は大学の自治侵害が進んでいるとの記述は、10月27日付エスタード紙のケブラケブラ報道の中にも見られていた。

 USPの騒動は世間の共感を得るのか

 ただ、レヴィ氏の見解や一連のUSP内の出来事を見て、現時点では、軍警常駐や学長のやり方に反対して起きたUSPでの抗議行動は、アラブの春やチリの教育改革要請のように広域の支持者を得る事は難しいだろうと思わざるを得ない。
 というのは、USPでの学生総会の様子を聞いても、皆が納得できるような解決策や交渉案を提示でき、無理解、無関心の学生も抗議行動に参加するよう仕向けるほどのオピニオンリーダーがいないと痛感するからだ。
 USPの場合、企業などから支援を受け、労働市場が欲しがる人材を養成する学生の抗議行動参加率は全体的に低いというが、それでも、今回の一連の抗議行動に関する報道には、「自分達も参加している事は事態が深刻である証拠」と書いたプラカードを掲げた理学部系学生が写る写真も混じっていた。
 だが、その一方、社会運動などに関心を持つ人の割合が高い人文・社会科学系は、軍警常駐に賛成40%、反対54%だが、学生運動などへの関心が薄いとされる数学や物理・化学などの自然科学系や生物医学系では賛成が77%と76%、反対は20%と17%とのアンケート結果もある。
 11月10日に法学部学生も合流したセントロでの抗議行動には5千人が参加し、24日にパウリスタ大通りで行ったデモ行進には3千人が参加したと胸を張る学生もいるが、軍警の報告は各々1千人と800人。
 軍警常駐反対の集会と並行して賛成派の集会も持たれたとの報道はあったが、両者が意見を戦わせ、全学で軍警問題を考える集会開催の報道は聞いていない。
 また、一部学生が授業放棄の形のスト決行を決めた集会で、単位が大事だからストに参加しないと言った学生がいたというのは、社会への無関心層増加という世界的な風潮の反映であると共に、軍警常駐反対派が全学の同意を得るに至っていない証拠。11月1日の学生総会で負けた強硬派達が、終了後に独自の総会を開き、その日の内に本部棟占拠という民主主義の原則に反した行動も懸念材料といえるだろう。

 社会運動になりにくい伯国の風土

 レヴィ氏は、フェイスブックやトゥイッターは革命蜂起には不充分で、変革には、家を出て道を下り、人と会って意見を戦わせ、時には警官とぶつかってでも抗議の意を表す事が必要というが、伯国の場合、社会への無関心度が高く、アラブ諸国ほど不満が溜まってないのか、ラテン系の明るさ故か、環境保護法改正反対運動などを見ても、国を巻き込む社会運動にはなりそうもない。
 聖市セントロではフィナードスの頃、ウォールストリートでの反資本主義運動に刺激された人々がキャンプを張り、警備のため警官出動という騒ぎもあったが、これも打ち上げ花火で終った。
 そういう意味で、伯国一いやラ米一と誉めそやされ、世界ランキングでも100番台に名を連ねるUSPの学生が、自らの研究だけに没頭せず、社会の矛盾や不合理にも目を向け、自分の意見や考えを自身の中で熟成させた上で、周りの人にも納得してもらえるよう交渉する術を習得できるか否かは、国の将来を占う意味で気にかかる。
 USPの学生騒動とウォールストリートの共通点は、どちらも占拠事件であり、寝込みを襲われたとも言える早朝5時に警察が乗り込んで退散させられ、逮捕者も出た事くらいといわれて終ったのでは余りにも寂しい。(み)

image_print

こちらの記事もどうぞ