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人気が高まる鍼灸治療=伯国導入はドイツ人説が有力?!=医療関係者が利権争う

新年特集号

ニッケイ新聞 2012年1月1日付け

 伯国ではアクプントゥーラの名称で親しまれる鍼灸治療。西洋医学に比べて科学的な効果の計測が困難であると、長い間、正当な医療行為の枠から外されてきた。しかし近年、世界保健機関(WHO)など公的機関が鍼灸治療の有効性を認めるなど、世界的に研究および普及が進んでいる。当地における普及具合や現状の問題点などを専門家に聞いてみた。(※当地で灸治療は広く普及するに至っていないが、日本や鍼灸発祥国の中国でも鍼と灸は対と考えるため、「鍼灸」と表記する)

 日本人鍼灸師は非公式か

 日本における鍼灸治療は、遣隋使や遣唐使がもたらしたといわれ、奈良時代には職業として確立していたと言われる。幕末から明治初期に掛けて西洋医学が伝来したが、鍼灸は独自の地位を保ち、戦後は国家資格に位置づけられた。
 一方、伯国に鍼灸治療をいつ誰が導入したかについては医療関係者の間で議論が分かれている。日伯両国で鍼灸治療や指導に携わって約30年、現在はピニェイロスおよびヴァルゼン・グランデ・パウリスタで治療院「エスパッソ鍼灸」を経営する小渡良博さん(58、二世)に話を聞いた。
 小渡さんは「ブラジルの医師会では、1958年医師会に鍼灸療法を紹介したドイツ人フレデリック・スパッツがもたらしたと主張しているが、日本人鍼灸師の間では日本移民がもたらしたとする説が一般的」と語る。
 しかし、当時の医師会はこれを医療行為として認めていなかったため、治療師らはマッサージ師として看板を掲げ、陰で鍼灸治療を行なった。そのため日本人医師による治療活動が広く知られるには至らなかった。今日でも鍼灸治療を公にせず治療を施す鍼灸師は多い。
 「物的証拠もあります」と見せてくれたのは、大正12年製の経絡図5枚の複写(体の気の流れを記した地図)だ。「知り合いの日系人の父親、福田タツミさんが1950(昭和25)年頃、聖州奥地のトゥピ・パウリスタ市で鍼灸治療を行なっていた日本人柔道家の下で指導を受けた際に使っていたもの。少なくとも昭和初期にもたらされたはず」と語る。
 また日系・日本人鍼灸師の多くが、「先祖はブラジル人に鍼灸治療を施し、生計を立てていた」と話しているという。
 しかしながら鍼灸師、あるいは日本人が医師会やその学会で発表するには至っておらず、日本人導入説は未だに黙殺され続けている状態だ。

 利権競う医師、療法士ら

 世界で広く受け入れられ始めた鍼灸は、伯国ではどのように認識されているのだろうか。「聖州鍼灸・東洋治療組合」(SATOSP)のオダイル・カルロス・サビオニ組合長に話を聞いた。
 オダイル組合長は、「1995年頃まで、鍼灸師は偽医師と見なされ、鍼灸治療を実践する医師は警告を受けていた」と語る。しかし鍼灸治療を求める患者は年々増加、「医師会も約20年前から医療行為として認めるようになった」と言う。
 こうした状況から2006年、国の保健省は各地の保健所に、大卒以上の専門家を条件として自然療法の導入を始めた。
 また聖市では盛んな組合活動により、すでに04年から保健所への自然療法の導入を開始した。鍼灸治療を始め指圧、マッサージ、薬草療法、色彩療法、温泉療法などの自然療法が施術可能になった。オダイル組合長は「国が西洋医学に偏らない治療法を取り入れた画期的な例」と力を込める。
 しかしこのように制度的な導入が進み、各医療団体や学校が鍼灸コースを設けている一方、当地では何をもって専門家とするかの統一基準がない。そのため現在、一部の医師、理学療法士や看護士など様々な医療関係者らが、市場を独占するために鍼灸治療の職業利権を競い合っているのが現状だという。
 「特定の職業が鍼灸治療を独占することで治療法が偏ったものになったり、養成機関も経ずに治療を行なう人のために信頼が損なわれたりする恐れがある。この状況を防ぐためにも組合員を増やし、鍼灸師を独立した職業として確立させたい」と口元を引き締めた。

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