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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2012年7月25日付け

 第3アリアンサ(以下、アと略)入植85周年式典の折、郷友会の世話をする山田茂利さん(78、ア生まれ)から「20回目の時に、参加者も減ったし『解散しようか』って話が出たが、相場眞一さんからぜひ続けてくれって頼まれて」と聞いた。今回は第47回親睦会だったから27年前の話だ▼第2アに入植した相場さんはこの親睦行事に思い入れが深く、「南銀として金は出せないが、僕が個人として郷友会に協力するから」と申し出た。南銀の準創業者からそう頼まれて断るわけにも行かず、山田さんは陰になり日向になり世話を続けている▼山田さんは勉学のために54年に出聖した。その時に同地出身子弟を支援する「ア学生会」の世話になったから、今度は自分が世話をする番だと続けているとか▼山田さんの子供時代の思い出は何といっても野球。47年にパ紙主催の全伯少年野球大会に参加するためアチームは3週間も合宿して大会に臨んだ。当時アだけで6チームもあり、まず地区大会をやって選抜選手を選んだと聞き、時代の流れを感じた▼郷友会の宮下茂さん(76、東京)は62年頃、東宝からサンパウロ市勤務を命ぜられた駐在員だった。「あの頃、弓場農場という所がよく映画を借りに来ていたが、どうして農場がと不思議に思っていた。だって映画一本分だと35ミリフィルム4巻にもなり、値段も高いし、運ぶのも重い。普通は借りに来るのは地方の映画館主とかシネマ屋だけ」。でも「耕し、祈り、芸術する」をモットーとする独特の共同農場だと聞き、弓場ファンになったとか。道中、同地には面白い話が埋れていると痛感した。(深)

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