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松井太郎『遠い声』刊行=好評受け日本で2冊目=「ある移民の生涯」等収録

ニッケイ新聞 2012年8月28日付け

 コロニアを代表する作家の一人、松井太郎さん(94、神戸市)=サンパウロ市在住=の小説選集の二冊目『遠い声』(西成彦・細川周平編、松籟社しょうらいしゃ)が7月20日に日本で刊行された。コロニア作家の選集が日本で出版されること自体ごく珍しい。2010年に刊行された一冊目『うつろ舟』(同)は「移民文学の一つの到達点」「日本文学の臨界」「孤高の作家」などと評され、日本の全国紙や地方紙に書評が掲載されるなど異例の注目を浴びた。
 今選集の冒頭「ある移民の生涯」は、まるで本人から直接に体験談を語られているような趣の作品。隣家の娘と駆け落ちしたが、病で死なせてしまった二十歳過ぎの主人公が、その負い目を背負いながら過ごすうち三十数年ぶりに北パラナの農村でその弟と偶然巡り合うという、移民ならではの人生の深みと余韻を感じさせる秀作だ。
 その他、「遠い声」「アガペイの牧夫」などの当地の田舎に漂う土俗的な雰囲気をよく織り込んだ表現が光る作品が15作も収められている。
 なかでも勝ち負け抗争を描いた「金甌」(きんおう)にある、「子弟にこの国の高等教育をさせた家庭ほどはなはだしく、親子の断絶に悩む者も多いと聞く。それは他国に移り住む者の受ける苦しみだろうが、口にすればすべてが不調和、不自由で、なにか胸のなかに溶けずにあるものを持っている一世は、祖国は国家の格をこえて、信仰の対象まで高められていた」(146頁)という言葉には、当時を知る者には共感を禁じえない人も多いだろう。
 ブラジル社会の土俗風習(マクンバなど)や北東伯の伝統に関心をもってきた松井さんならではの作品群も収録されている。北東伯の英雄的野盗ランピオンの生涯から想像を膨らませた「野盗一代」、もしランピオンが終身刑を受け老いてから波乱万丈な生涯を振返ったらという「野盗懺悔」、当地の民衆文学でよく扱われるシセロ神父をコルデイロの詩調で詠んだ「ジュアゼイロの聖人」(原題はシセロ上人御一代記)など。
 コロニア作家仲間の伊那宏さんは、「松井さんが最も活発に発表していた年代の作品がまとめられている。日本で賞をとろうとかまったく考えなかった人の作品が、むしろ日本で評価され、出版されるのは興味深い」と喜ぶ。さらに「これを機にコロニア文学がもっと日本で注目され、宇江木リカルド作品なども紹介されるといいが」との期待をのべた。

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