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ブラジル文学に登場する日系人像を探る=ギリェルメ・デ・アルメイダのコンデ街=O Bazar das Bonecas=中田みちよ=第5回

ニッケイ新聞 2012年9月4日付け

 彼女はブラジル生まれ308名中の一人です。信教の自由が謳われる世に生まれたものにとって、隠れキリシタンそのものが、理解の枠外にあるようです。
 当時の大多数の移民の親は仏教徒だったはずですから、宗教観よりも、留守の間に悪の道に入らないための便法として教会に通わせたものが多かったと推測できます。また別の書物ではカトリックになれば、世渡りをする上で何かと便利だと功利的に考えた・・・ともいわれます。実際、私はわが家の子どもたちに洗礼を受けさせたときに、代理母になる人からそう勧められました。あんがい、こんな動機の人も多いはずです。
 《この日本人児童たちは完璧に白紙状態だった。彼らはまったく何一つ知らず、いかなる観念のかけらの持ち合わせもない・・・》と教会の神父が書き残しています。
 1913年には寺子屋式の大正小学校がこの通りにできていますから、登場する子どもたちは一応、週日は日本語学校に、日曜は教会に通ったのでしょう。
 《レストラン。ドイツの絵がぼやけたような淡い青にぬられている。仕切り板の松には白いニスが塗られ、すべて清潔で、大きな画用紙に献立。それがまるで絵のように壁にかけられている。
「何ができるんですか」
 日本ムスメはまじめに、正直に、距離をおいて、彼女に負けないぐらい日本的な図柄の暖簾の中から、そっけなく答える。
『ガイジン、タベモノ、ナイ』 大急ぎで行ってしまう》
 ハハハ・・・。日本ムスメはただ一途に無愛想ですが、ガイジンが怖かったんですよ。「ガイジンと話しちゃいかん。お金をもうけて日本に錦を飾るんだ」と親がくどいように言い聞かせていたはずですからね。でもまあ、数少ない日本人相手の商売をしては生活が成り立たないんですから、ブロークン言葉を少しずつ習得し、ガイジンも相手にするようになります。日本食堂に行くと今でもそうですが、お品書きっていうんですか、献立を壁にずらっとぶら下げていますよね。
 日本人にはどうってこともないんですが、あれが、ブラジル人にはずいぶん奇異で、まるで墨絵のように見えたんでしょうねえ。そういえば、ついこのあいだ、日本の魚屋の、墨で書かれた魚名が芸術の域だというのを何かで読みました。伝統ってこんなところに顔を覗かせるんですね。
 もろもろの日本品については輸出入業の藤崎商会が、笠戸丸以前に進出してきていますし、蜂谷商会などもありますからね、これは納得できます。もう少しつづけましょう。
 《日本品の店の奥には、雑誌や年鑑。石鹸、カップ。缶詰。蓄音機とレコード、ガラス鉢の中には貝、鯉や蛸の燻製。造花の桃の花。そしてお茶。何でもある百貨店だ。別の日本ムスメが『コレ、ニホン ピンガ ノム。 500レイ!』大急ぎで売る。絵付けがされた陶器のどんぶりのようなもの(筆者注・盃でしょうか)。みどり、くろ、金箔。日本製だ。棚の後方には腰の低いテーブルがあり、それを囲むように三人の若者がいる。包装紙が広げられ、そのうえで物凄い数のくたびれたお札を貼っているのだ。もちろん流通中のカネである。根気のいるジグソウ・パズルに似ている。絶望的な雨の日のひまつぶし。
『ミンナモラウ。キャク コンナ サツ(しか) ナイ・・・』
 三人とも艶やかで、意志が強くて賢そうだ。そして、三人とも同じようにすばやく気安い笑顔をつくる。笑いの仮面をつけた守銭奴・・・》
 守銭奴ねえ、と反発しながら、内心肯定する部分もなきにしも非ずです。私は戦後にブラジルにやってきましたが、ときどき、親を守銭奴じゃないかと批判的に眺めました。話題になるのは農作物の市況ばかり。移民は戦前も戦後もはやく成功(儲け)したかったのです。移民史的には、戦後は定住を目的に渡伯したと線を引きますが、実際はそんなもんじゃなかった・・・。公けの移民史ほど机上で書かれることが多く、現実から遊離しているところがあると思いますよ。
 一旗挙げて日本へ帰るんだという思いは戦前も戦後もあり、だからブラジル学校に通学させなかった親も大勢いましたしねえ。その代わり、くろうして日本語学校を建設し、日本語を覚えさせました。早稲田の通信教育を受講した人間もかなりいました。ただ、日本語を強いた一面には、親たちのエゴもあったと私は読みます。(つづく)

写真=聖市セントロにあるポロンの様子(中央の窓の下にある格子が、半地下になっているポロンの窓部分)



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