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ユタ——混交する神々=移民社会の精神世界=(4)=沖縄の伝統を伝えよう=センターは疑問解決の場

ニッケイ新聞 2013年6月13日

 礼拝後の静かな控え室。小さな一室の両側の壁には、精神世界の書籍が所狭しと並んでいる。
 窓際に置かれた椅子に腰掛けると、エレナさんは「死んだばかりの霊は、肉体のコピーである霊体(Perispirito)を持っているので、喉も渇くしおなかも減る。だから供えものが必要だし、死んだ後も、事故や病気で受けた痛みを感じて苦しむことがある」と説明した。
 彼女たちの使命は、死んだと気づかずさまよう霊の成仏を助けること。「霊は『肉体を持たない人間』なので、家族や生きる者を呪って苦しめる存在ではない。ただ、助けを求めることがあるだけ」。いわゆる「霊障」と呼ばれるものが、これにあたるのだろう。
 彼女の説明には、心霊主義が入り混じる。母ノブコさんが触れようとしなかったそれを取り入れたのは、同主義と沖縄祖先崇拝とは互いに補い合えると考えたからだった。
 「なぜ供養をするのか」「なぜ7日目に法要をするのか」。そう子孫から聞かれた時、「伝統だから」としか答えることが出来なければ、その意義は伝わらない。近年、供養の意味が理解できず、投げ出してしまう人が多いという。心霊主義の理論は、その説明を補完する役割を果たしている。
 彼女によれば、当初、若くしてやってきた沖縄系移民には、伝統の継承という点で苦労した人が多かった。なぜなら、「供養のやり方は口頭でしか伝えられて来なかったから、いざ自分がやるとなると記憶が曖昧で困った」からだった。なくしたパズルのピースを埋めるように、移民らは互いに教え合い、またはノブコさんの下に助けを求めてやってきた。ここは、沖縄県人が知識を交換しあい、疑問を解くための場だった。
 通常は礼拝の行われない3月のある日曜日、4、50人の参加者が集い、Iさんによる講演会が開かれた。今回はセンターの常連のみを対象に、祖先の供養の仕方に関する疑問を解決することが目的だ。
 センターの古株らしい風格がにじむ彼女は、60歳前後くらいの小柄な黒髪の女性。体には、白衣のような白服をまとっている。
 「49日間は1本の線香を絶やさず、清めのため1杯の水を置き、テーブルはこのようにセットする…」。彼女がテンポよく説明を進めていくと、参加者からは「ろうそくしかない時はどうすればいいか」「2つ祭壇がある時は同じ部屋においてもいいか」「家族でパーティをする時も供え物をするべきか」「火葬の後の灰が入った袋は、開けるべきか」と様々な質問が投げかけられた。
 「二世は一世から教わり、やり方をまねしてきた。でも、不安や恐怖から『なぜそうするのか』とは尋ねなかった。私たちは伝統を守るため、皆が理解できるようきちんと説明しないといけない」。Iさんはそう言うと、戸惑うことなく、全ての質問に理由を加えながら的確に答えていった。
 沖縄に限らず、幼い頃に「先祖の罰があたる」と聞き、いわれのない恐怖を感じた経験のある人は多いはず。それは彼女たちも例外ではなかった。協会のユタや霊媒師たちは、自分たちが先祖供養に際して抱いた不安や怖れを子孫から取り除き、正しい姿勢で供養に向き合ってほしいと望んでいる。(つづく、児島阿佐美記者)

写真=エレナさん

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