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ユタ——混交する神々=移民社会の精神世界=(2)=伯国の心霊所で巫女に=「神がかり」は通過点

ニッケイ新聞 2013年6月11日

 「母は幼い頃から霊をよく見ていた」。生まれながらに高い霊力を持ち合わせた人を沖縄では「サーダカウマリ」(性高生まれ)と呼ぶ。協会の創始者ノブコさんもその一人だった。
 1926年に沖縄で生まれ、おじの呼び寄せで両親に連れられ2歳で渡伯した。そして、青年期、「カミダーリ」(神がかり)がやってきた。
 カミダーリは幻聴や幻覚、不眠などを伴う一種の精神錯乱状態で、ユタになるための厳しい通過点。
 「母は、自分に霊力があるなんて思いもしなかった。だから医者巡りを続けたけれど、よくならず、死にそうなくらい痩せてしまった」。そんな彼女を見かねた友人が、ある時「心霊センターに行ってみたら」と勧めた。
 彼女の生前にインタビューをしたサンパウロ総合大学の森幸一教授の論文によれば、そのセンターは「メーザ・ブランカ」(白机)と呼ばれ、非日系のジルセさんが運営していた。ジルセさんは当時、「サンパウロ市には沖縄系ユタはいない。でも超常的存在にまつわる問題を抱える沖縄県系人は多く、助けを求めてセンターにやってくる」と語っている。(論文「The Process of !Yellowing of Traditional Brazilian Religious of Possession ? The Religious World of An Okinawan Woman-」P183)
 沖縄であれば、多くの場合、ユタの下で克服して成巫(せいふ)する。その選択肢がなかったノブコさんは、ブラジル系の心霊センターの門を叩くことになった。沖縄とブラジル信仰の混交の始まりだ。
 彼女はセンターでの活動に参加し、〃病〃から解放されると、「人々に尽くしなさい」というお告げに従い、「これが自分の使命」と覚悟を決めた。助けを求める人々に自宅で霊的助言を始めると、仕事や家族、祖先の供養について悩む沖縄県系人が続々と訪れるようになった。
 そして61年、後に娘が受け継ぐ心霊協会を開設。「キリストへの愛」という名前は、協会が属するサンパウロ心霊連合会の関係者の勧めで付けられたものだという。
 足繁く協会に通っていた娘エレナさんにも13年前、出産を機にカミダーリが襲う。医師の診断は「パニック障害」。協会で気の浄化(Passe)を受けると少し回復するが、長くは続かず、「(協会が開く)講座に出席し、霊的世界について深く学ぼうと決めた」と語る。
 「一人一人才能は色々。霊の声を聞く人もいれば、見る人もいる」。エレナさんは霊の存在を感じ取り、口寄せ(霊を憑依させて語ること)をするタイプ。初めて口寄せに成功したのはカミダーリから1年後、憑依したのは姑だった。
 ユタは各人がチジガミ(守護神)を持ち、その力を借りて人々にハンジ(判断、助言)を与える。彼女によれば、主となるチジガミは一人だが、ユタの活動に協力している霊は多い。ただし、沖縄の祖先崇拝に関した相談は、沖縄系の霊でなければ答えることができない。一方、ブラジルならではの相談事は、当地の霊に訊くことになる。
 母ノブコさんは、沖縄関係の相談にはチジガミだったおじのコウキチに力を借りたが、ドニゼッチ・タヴァレス・デ・リマ神父の霊を憑依させ、神父のように人々を祝福し病を治してもいたという。同神父はカトリックだが、数々の不思議な治癒能力を発揮して奇跡を起こしたとして50年代に有名になった。現在、バチカンで福者として認定する申請をしている最中だ。
 口寄せの作法は沖縄独自だが、呼ばれる霊は、移民社会独自の多様な精神世界を体現している。(つづく、児島阿佐美記者)

写真=礼拝室に飾られた花城ノブコ・エイシュン夫妻の写真。エイシュンさんも、50代の頃霊媒師として協会の活動に参加した

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