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ブラジル文学に登場する日系人像を探る 8—L・F・ヴェリッシモ『ジャパン・スケッチ』—過去と未来、同時進行する国=中田みちよ=第2回=銀座は「電飾の幻想世界」

ニッケイ新聞 2013年6月15日

 到着初日は休息日。翌日から公式日程になるわけですが、前夜、銀座にくりだす冒険をします。
『ホテルがルームの鍵と一緒にマップを渡してくれる。あの、確実に宿泊客がホテルへの帰り道を忘れないように(少なくても勘定はしてもらうために)。…私にはアドベンチャーの素質があると思う。方向を尋ねるなど負け犬のすることではないか。何度か人に尋ねたのは、マップが裏切ったからであり、また月や星座があるべきところにないからである。いずれにしろ、トウキョウは頭を下にして立っているような状態だから、時差ぼけもあり、東西南北がわからなくて押しつぶされてしまうのだ』
 ギリェルメ・デ・アルメイダが子どもの時、地球に穴を掘って、掘っていけば、日本にさかさまに着くんだと夢想したことがあることを突然思い出して、へっへっへっと笑ってしまいました。頭を下にして立つとはそういうことですよね。
 ドアマンが教えてくれた「ギンザハ、コッチノホウデスカ」を頼りに、勇敢に冒険に乗り出します。といっても行った道をまっすぐ戻るだけですがね。しかしネオンには賛辞を惜しみません。
 『銀座はタイムズ広場(ニューヨークの中央、不夜城とよばれる)を10倍にしたような街である。しかし、あのニューヨークのような不潔さはない。後でわかったことだが、銀座は紛れもない東京の中心地ではあるが、六本木や新宿に後塵を拝しているということであった。
 しかし、第一印象こそ全てである。ネオンは現実のもののようでなく、まるでひとつのシーン、映画のワンシーンである。その数においても量においても、東京のそれはキョウレツである。恍惚とさせる電飾はモダンのきわみ。都会の中の幻想の世界に迷い込んだような気がする—どんなイルミネーションにも耐えうる仮想の大都会—あるいは実物大のミニチュアの街か』
 第1日目。ルイス・フェルナンドの胃は朝起きたばかりは胸がむかついて何も受け付けない。そこで冷たいミルクを一杯飲むのが習慣になっているんですが、これがなんとも難しい。日本語でミルクはなんと言うのか。辞書で調べると英語のMILKで納得、最初のチャレンジ。ところが通じないんですねえ。これはイントネーションの問題だと思いますけれどね、さらに「冷たい」はパントマイムの中で行方不明。ミルクに氷が入って出てきたそうです。
 語学教室でも名詞はねえ、案外教えやすいんですが、形容詞って難しいんですよ。たとえば、あいまい、ふくざつ、のどか…。パントマイムができない…。もっとも、ポルトガル語でもこれらの語彙を駆使する人はかなり文化度が高い階級の人たちでしょうけれど。
 学習者の日本語力が年々低下し、以前は初級後半用の教材だったものが中級用になり、かつての上級教材は学習者ばかりか教師も使えないようなレベルに成り下がっている。日本語教師を長い間やっていて、ずい分虚しさを感じましたね。
 日本に留学、研修を受けたい人たちが勉強にくるわけですが、語学というのは買い物する程度(を欲する人が多い)ならともかく、半年一年で習得できるものでもなく、これは学習者自身が目的意識を明確にもって立ち向かわなければならない問題。特に日本語はね。学校だってその認識はあるのに、経営上それはいわない。詐欺じゃないかと思ったりしましたね。土台、目的意識のない者が語学をものにできるはずもない。
 真実はポルトガル語の基礎もない者は日本語だって覚えられないんですよ。辛口をいえば出稼ぎの人が日本語を習得できないのはこの辺りに一因があるんじゃないでしょうか。(つづく)



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