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ブラジル文学に登場する日系人像を探る 9=ベルナルド・カルバーリョ=『陽はサンパウロに沈む』=中田みちよ=(2)=難解なカフカ的日系世界

ニッケイ新聞 2013年7月26日

本の表紙

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 その精養軒でどんな議論をしていたのかというと、『・・・ナチズムを体験しなければ、世界はカフカを決して理解することも認識することもできなかっただろう。あるいはウイリアム・ブレイク(『天国と地獄の結婚』の作者、たまたまその日、英文学の講義で聴いたばかりだった)を例にひき、死後一世紀を経てはじめて世に認められたことを挙げながら、世に認められないという幻想を抱くわれわれの標語は「現状を観察し分析し正義をなすことがいかに不可能かということは驚愕に値する」だった。快い幻想だった。それを生み出した社会状況、歴史的背景というものを考慮に入れれば、批評というものがいかに近視的で、こっけいなものであるか』
 難しいでしょう。訳すのがイヤになって何度も放擲しましたからね。多分、翻訳を考えたのが身の程知らずだったんです。
 さて、一人の男がどういう手立てで他人になったかという話からはじめましょう。
 『ジョウキチが神戸に戻ったとき、それは1945年でしたが、ジャワで事故死した自分自身に出くわしたのです。自分として死んだ人間は誰だったのか。それを発見するのに執拗になりました。それが正義というものだと思いました。思えば純粋でした』
 空襲で焼け残った書類の中に遺言が見つかり、巨額な退職金が支払われているところから、セイジという使用人だった青年にたどり着きます。一人息子を戦地に送りたくない父親は、使用人だった部落民の息子をジョウキチに仕立てたのでした。身代わりのジョウキチは戦死しますから、戦後の大阪のドヤ街で戸籍を買ってテルオになり、ブラジルに渡ります。
 『・・・なぜブラジルに来たのか。わけがあった。高野山の真言宗の本部で自殺した男と関係がある。正確にいうならスシマンは『切腹』という言葉を使った。『日本で死ぬなら高野山が一番ふさわしい場所だ。高野山で死ぬものは生きつづける』。何が自殺に導いたのか、とわたしは聞いてみた。そのとき、ちょうど蛸の白い脚を切っていたスシマンは、こちらを見もせずにこたえた。まるでありきたりの病気のように。「文学だそうです」』
 うわあ、となりました。文学のために死ぬのは「藤村操」だよね、と思いながら、先年見た日光の華厳の滝を思い浮かべました。華厳の滝って、文学上の名所なんですが、現実の華厳の滝は、イグアスの滝を見た私には実にチャチなものでした。
 この落差は、北海道の広大さに触れたときもありました。網走から釧路にでる汽車で、広い広い牧場を見ることができるという話に期待していたのですが、広さを実感しないうちにあっという間に通過。たとえば奥地に向かい何時間走ってもまっ平らブラジルの幹線道路に慣れた目には、肩透かしを食ったような気になります。距離と面積に関してはブラジルと日本は実感にこんなに落差があるんですよ。
 さらに、つい最近、権力闘争でゆれる高野山の記事が新聞紙上をにぎわしましたけれどね。お布施を含む資金の流用という大変世俗的なことで「宗会」と「内局」が対立しているというのですが、聖地としての矜持はどこへ行ってしまったんでしょうか。
『・・・奥地に、二、三の同船者がいるほかは、たいした手づるもなくブラジルにやってきた『仮面の告白』の作者が、彼女がブラジルにくる以前、1950年のはじめごろ、リンス地方の農園に滞在したことを知っていたようだ。それを作家に書き送ったどうか、今わたしにしているように、語りたい物語があると認めてあったかどうかは知らない。いずれにしろ、彼女は彼を侮っている。何かわけがあるのだろう。それが何なのか私には分からない。ミシマに送られた手紙が、どんなに純粋無垢なものであったとしても、返事がくることはなかったろう』(つづく)

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