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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第152回

ニッケイ新聞 2013年9月4日

「名前はなんていうの」マリーナは子供の顔を見ながら聞いた。
「望マリオっていうの」叫子が答えた。
 児玉も改めてマリオの顔を見つめた。浅黒い肌の色をしている。
「日本でマリオが生まれたのなら、大変な人生が待っていると思うけど、ブラジルならこの子の思うように自由に生きられると思う。ホントにブラジルに来てよかったと思います」小宮が満面に笑みを浮かべて言った。
 羽田空港で誰の見送りも受けずに一人たたずんでいた小宮とはまったく別人のように、児玉には思えた。
「児玉さんも早々と結婚され、子供さんも生まれるようで何よりです」
 小宮はこう言い残して病院の駐車場に向かって、二人でベビーカートを押していった。その後ろ姿からは春の温もりにも似た穏やかな幸福が漂っていた。
 マリーナも同じことを感じたのだろう。
「素敵なご夫婦ね」
 児玉は小宮とは一緒の飛行機で移住しては来た仲であり、叫子はエリザベスサンダースホーム出身の移民だと説明した。小宮はブラジルに来て生涯の伴侶を見つけ、幸福な家庭を築き始めている。おそらく経済的にも、児玉とは比較しようもない豊かな生活を送っているだろう。
 マリーナの健康状態に問題はなく順調ならば八月に出産するようだ。腹部が目立つようになり、取材は控えるようになった。それまでに取材していたテーマを原稿に書き記し、日本の出版社に送った。
 パウリスタ新聞の経済状態はさらに悪化していた。新聞社の給料はまったく当てにならなかった。一九七八年六月十八日は移民七十周年祭が行われる予定になっていた。ブラジルや日系人に注目するメディアも多く、原稿はほぼどこかの雑誌で紹介された。生活費どころか出産費用、育児費を貯めなければならなかった。
 移民七十周年祭は日本から皇太子ご夫妻がブラジル各地の日系人移住地を訪ねる予定になっていた。ドイツ系のガイゼル大統領は、移民七十周年祭を国家行事として位置づけた。しかし、記者の取材費にも事欠くような事態に陥っていた。その一方で日系社会では、一世がリーダーシップを取って行う最後の移民祭といわれていた。それは外回りを禁じられてしまった児玉にも、社会面と広告欄に目を通していればすぐに理解できた。
 社会面には一世有力者の訃報記事が頻繁に掲載されていた。広告欄には葬儀や追悼ミサに関する告知が黒枠で掲載された。一世の他界は当然新聞の購読者の激減という形になって現れた。
 一世の衰退ぶりは、マリーナの一家を見ていても十分に知ることができた。祖父母は高齢化し、二世の両親も五十代に達していた。マリーナの十二人の兄弟の結婚相手も恋人も多彩だった。長女は見合いで二世と結婚し、二女のマリーナは児玉と結ばれた。長男は黒人の血を引く幼馴染みのリタを選んだ。二男は二世の女性と結婚していた。三男はスペイン系の女性、四男はイタリア系三世の女性と付き合い、いずれ結婚する予定になっていた。
 混血結婚が進み、数年後には様々な肌の色の四世たちが生まれるのは明らかだった。日本語新聞もポルトガル語の新聞も、「七十年を契機に日系ブラジル人という新たなアイデンティティが確立される」と書いていた。
 日本人が七十年をかけて身も心もまったく異なる「民族」へと変容していこうとしているのかもしれない。
 児玉はマリーナと暮らしながら、新たなアイデンティティの誕生に立ち会い、自分の目で確かめてみようと思った。いずれその歴史を記してみたいとも思った。
 それがアイデンティティを求めて苦悩していた朴美子への児玉の回答になるような気がした。(一部了)


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