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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(79)  

 

ニッケイ新聞 2013年9月17日

 

 虐待や理不尽な取調べ以外に、被留置者は──その全員ではないが──辱めや拷問を受けた。 辱めとは、素っ裸にして放置しておく、といった類いのことで、すでに一寸記した。
拷問の凄まじい事例は『百年の水流』改訂版に二、三紹介したが、次の様な話もある。(猪股嘉雄著『空白のブラジル移民史』88頁より)
 「…(略)…警察の地下室に連れ込まれた。いきなり背後から突き倒されコンクリートの床に叩きつけられた。…(略)…指先の爪と肉の間にゆっくりと針がつき通された。脳天から足の先まで火のかたまりが走り、全身が棒の様に硬直した。『殺せ! 殺してくれ』と何度も叫んだが、黒々とした影は何も答えなかった。…(略)…そのうちに意識を失った。…(略)…とにかく寒かった。悪寒が全身を襲っていた。いつ失禁したのか下半身はすっかり濡れていた。…(略)…」
 バストスの平藤慶治という臣道連盟員が、サンパウロのオールデン・ポリチカで受けた拷問の様子である。
 右は、オールデン・ポリチカでの拷問であるが地方の警察でも残虐ぶりは同じであった。
 ともかく、そういうことを見たり経験したりして出所した人々は、多数いた。彼らは、その内情を、怨念を込めて仲間に話した。特に、背後で認識派が策動していることを──。
 その話は、戦勝派の間に、広く伝わった。
 戦勝派は、四月以降の大量狩込みでは、認識派が、無実の人々を警察に密告(通報)したこと、その後も警察の動きに協力していることも知っていた。(この頃は、認識派と警察の連携は、公然たるものになっていた)
 彼らは認識派に対する報復的な敵意を燃え上がらせた。
 これが7、8月に襲撃が続発した要因の一つ──と筆者は観ている。

 認識派も武装、戦争状態へ

 7、8月の事件続発に関し、筆者が思い当たるもう一つの要因は、認識派の自警団の発足である。
 実は認識派は、6月から、組織的に武装を始めていた。警察権の一部委託を受け、拳銃を携帯した。その組織の正式呼称は別にあったが、普通、自警団と呼ばれた。 この自警団の行動は、資料類の中では、一部しか明らかにされていない。が、その団員が「警官と一緒に行動していた」「戦勝派と撃ち合いをしたこともある」……といった類いの話は、語り継がれている。相手に死傷者が出た場合は、警官が撃った事にしたという。
 自警団の設立で、先頭を切ったのは、バストスである。
 団員は、戦勝派の家を次々、家宅捜索した。書類や武器を押収した。移住地と(その中心部にある)市街地の、それぞれの入り口に、警備員を配置、通行人の身体検査をした。外部から移住地に入る者には、自警団発給の通行許可証の所持を義務付けた。こうした活動は、時に過激に流れた。 その渦中、7月16日に山中弘が襲撃されている。山中は、実は、この自警団の中心メンバーであった。同じ月に梶原某狙撃事件も起きた。(両事件は既述)
 これは、自警団の神経を一段と昂ぶらせ、戦勝派への圧迫を、より荒々しいものとした。手を緩めれば、何時、自分たちの命を奪われるか知れなかった。
 武装自警団の結成は、バストスに次いで、各地で続いた。戦勝派は、無論それを知っていた。 かくして、事態は、以前の──過激分子が認識運動の中心人物を狙う──天誅式襲撃から、新しい形に変化していた。過激分子と自警団が武器を持って闘う戦争状態へ。 過激分子が、認識派の指導者を狙い、不在の場合、代わりに、ただの認識派を標的としているのは、このためであったろう。戦場で兵士たちは、まず敵部隊の指揮官を狙うが、できなければ、兵隊を撃とうとする。一人でも多く。
 対して自警団も、すでに記した様に、警備活動だけでなく、時に戦勝派の過激分子を襲撃、銃撃戦をした。自警団員もまた戦場に在る思いであったろう。(つづく)



 

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