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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(16)

ニッケイ新聞 2013年10月3日

「今、自分は冷たくないと言ったじゃない!」
【そう云う問題ではなく、もう料理人も着替えて、厨房から出ました】
「じゃー、前田さんが、もし何か作ろうとすれば、なにが出来る?」
【ラーメンだったらー、たぶん作れると思いますがねー】
「そぉ〜! ラーメン! それでいいわ。二つお願い」
【えっ!もう、店、閉めたと言ったでしょう。夕食は六時から開けますから】
「『ポルケ・シン』のオジゾウさまにお願いすれば何でもかなうって噂よ」
【ダメです。それから、あれは『地蔵』ではなく『観音』です】
「あっそ〜ぉ、じゃー如何して店の名前を『ポルケ・シン』(ダメなわけないだろう)にしたのよ、十分したら取りに行かせるから、お幾ら?おつりがいらないようにお金用意するから・・・、それに特別注文だから安くしてね」
【・・・:】
ラーメン好きのジョージが、
「(疲れている奴の分は『トンコツ・みそラーメン』にして、俺は普通の『ショーユ・ラーメン』でいい)」と注文を付けた。

 十分後、カヨ子さんの命令で、ただ一人の男子事務員のススムがカンノンさまの特別計らいのラーメンを取りにいった。
 ラーメンが着くと、ジョージは会議室の中嶋和尚の身体を軽く揺すって、
「中嶋さん、ラーメンいただきましょう」
「あっ!」中嶋は正体不明の観音さまの夢を見ていた。その夢からさめ、眠っていた自分に驚いてソファーからハネ起き、まぶしさに慣れない目を遠慮がちに擦りながら、
「いつのまに寝てしまって、すみませんでした」
「だいぶお疲れの様子でしたから起こさずにいましたが、時差から抜け出すためにも、今日は無理して起きておいた方が・・・」とんこつラーメンを指しながら「お腹空いたでしょう。特別計らいのラーメンです。これで元気を取り戻して下さい」
「こんな事までしていただき・・・」
「冷えないうちにさあどうぞ、俺はハラペコです」ジョージは箸を割り、さっさとラーメンをすすった。
 中嶋は勧められたラーメンの前で五秒ほど感謝の意で両手を合わせた。それが誰に拝んでいるのか定かではなかった。それは親身になって『慈悲』の手を差し伸べてくれるジョージへなのか、それとも、ジョージに巡り合わせてくれた仏さまへか、とにかく何かに感謝した。

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