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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(37)

ニッケイ新聞 2013年11月2日

「(ブラジリアのジュセリーノ・クビチェック空港にあと五分で到着します)」のアナウンスの数分後、ボーイング機は『ドンー』と力強く滑走路に着地した。

 二人は一旦バックを取り、混雑しているブラジリア国際空港の待合ロビーでリオデジャネイロからの乗継便を待つ事になった。
 ロビーは、黒、白、褐色、黄色の色々な肌色、金髪、黒髪、赤髪と色々な髪、色々な主張を持った政治家、立派な髭と白いターバンのインドから来た要人、だぶだぶの白衣と白帽のイスラム教徒、黒帽と黒装束のユダヤ人、丸坊主の中嶋和尚まで加わって、まるで宗教や人種の展覧会場であった。
 奥のロビーからテレビインタビューの照明の光が洩れてきた。それも、二か所で別々のインタビューが行われていた。
「彼等は有名人ですか?」
「政治家でしょう。ここはブラジルの首都ですからね」
「いつもこうですか?」
「それは知りませんが。今、国会で政治家のエチカを、つまり道徳に関して大騒ぎしています。政治家が政治家を裁く様な不思議な法案が提出されて、政党に関係なく、賛否が真っ二つに分かれて珍しく真剣に議論しています」
「政治家が政治家を裁くのですか」
「ブラジルは、立法、司法、行政の中で司法機関がうまく機能せず、罪を犯しても怖くありません。それで、立法、行政でも悪者が幅をきかせ、三十七もあると云われる悪者を守る悪法で守られ、善者が泣き寝入りする国です」
「それでは悪者を裁く『閻魔大王』が必要ですね」
「本当にそう思いますよ。今、話題になっている法案は、悪法で特別に守られている政治家の特権を剥奪して、少しでも政治家の道徳を向上させようとする試みです。それは、司法機関にしびれを切らした一部の善玉政治家が一団となって作った『フィッシャ・リンパ』と云う法案です。直訳すると『きれいな名札』と云って、まず自分達の足元から清浄化を図ろうとするものです。それに対し、悪玉政治家につながった司法は三権分立を建前に、最高裁のナンバーワンのくそ野郎が、権力侵害だと、行政であって、しかも上司である法相に噛みつきました。法相は法相で、自分の基盤政党によって特別国会の顧問会議に呼出すぞと、牽制をかけました」
「行政と立法と司法の力比べですか?」
「我々一般市民には何がなんだかサッパリ分からなくなりました。この法案も、いつもの様に平和的に解決するでしょう」
「平和的とは? それに、結局は誰に軍配が上がりますか?」
「曲者揃いですからね。うーん、どうかなー、法案もだいぶ原案から外れて、彼等に有利な法案となってしまうでしょう。結局、敗者は善良な国民です。長年、ブラジルに住んでいますとそんな気がします」

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