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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(44)

ニッケイ新聞 2013年11月15日

「言いたいとは?」
「私の家は江戸時代から続くお寺の・・・」
「じゃー、そのお寺の・・・」
「ですが、それに関し、勉強すればするほど迷いまして・・・。だから、今は誰にも認められない坊主です。それが今回初めて、ずうずうしく宮城県人会で法要をしてしまいました」
「いいえ、立派な法要でしたよ。ほんとに有難うございました。宗派の選択が出来ない公的な要素を持つ県人会にとっては大助かりでした」
「そのような場合、合同慰霊祭と云う形で行えばいいですよ」
「二年前、一度それを計画しましたが、予算の都合で理事会の了承が取れませんでした。恥ずかしい限りです・・・。で、中嶋和尚は如何してブラジルに来られたのですか?」
「ジョージさんが探してくれたローランジアの条心寺別院(架空の寺)の井手善一和尚に会う為です。父が大事にしていたこの方の手紙を見て、すべてを捨てて念仏を広めた『一遍上人』の様なお方と思い、飛んで来ました」
「それがあんな結果に終わって・・・、本当に残念でしたね。ですが、ブラジルに来られて、きっといい事がありますよ」
「アマゾン法要が終わったらローランジアに行きます。それに、西谷さんからあんな愉快な国民性を聞き、ブラジルが好きになってしまいました」

— 【(フライトナンバー510、ベレン行きの搭乗を第七ゲートで開始します。お子さま連れの方、お年寄りの方、お体の不自由な方、妊娠中の方を優先させていただきます)】 — と搭乗案内のアナウンスがあった。

 十分後、510便は、あわただしく乗客全員が座席に着いてベルトを締めると、ジェットエンジン全開で加速を付けながら滑走し始めた。ふわりと滑走路を離れると、そのままぐんぐんと雲の間を縫うように高度を上げた。
「いよいよ、三時間後にはベレンです」
「西谷さん、ベレンはどんな町ですか? 人口はどの位?」
「パラ州の首都で大きな町です。アマゾン河の河口に位置し、十六世紀後半からポルトガル軍の重要な要塞拠点として発展してきました。人口は、三十年前には、既に五十万人を超えていましたから、あの調子で増えたとすると百万に達しているでしょう」
「とすると、アマゾンで一番大きな町ですね」
「いえ、アマゾン流域では二番目です。アマゾン流域で一番大きな町と云えばアマゾナス州の首都で、ホンダや東芝が工場進出し、半世紀前までは天然ゴムの出荷で栄えたマナウスです。世界的に見ても赤道直下の町として五本の指に入るでしょう」
 昨夜、心が昂ぶって眠れなかった事と、早朝の四時半に起きて始まった旅で、西谷は眠気をおぼえて目を閉じた。

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