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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(56)

ニッケイ新聞 2013年12月5日

「真面目過ぎて、バカ正直過ぎて・・・、それは悲惨な戦争体験で日本人が得た平和への願いの表れでしょうね」
「中嶋和尚、おっしゃる通りだと思います。これは世界に誇れる日本人の心ですよ。全てとは言えませんが、我々海外にいる者は仏教徒としてではなく、ただ日本人として生きる事自体が誇りです。その誇りを捨てず、日本人として生き抜いてきたブラジル日系人も、今では、バカだと笑ったブラジル人達から、日本人は世界一信頼できる者と言われる様になりました。ブラジルでは『信用』の象徴として『日本人』と云う言葉が使われます。この信用を勝ち得るまで、日系人は百年を費やしたのですよ」西谷は胸を張って言い切った。
「ブラジルに来て初めてこう云う事が明(み)えてくるのですね」
「私は四十年以上ブラジルに住んで、これからも、日本人意外の人達と調和し、フェアに競い合いながら日本人を貫こうと思います」
「外国で日本人として生きるのは大変なのですね」
「日本人として生きる事は大変ですが、大きな誇りです」
「その誇れる日本人と日本仏教も大変な時代があったのですよ」
「とは?」
「十九世紀後半から二十世紀前半にかけて、西洋の列強国の脅威を受けた日本がその脅威から国を守るために採った政策が『富国強兵』や『神道国教化政策』でした。それは日本人の道徳心を捨て、『神仏分離令』、『廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)』に発展し、西洋に倣って、仏教の教えに反する『人間は油断すれば悪い事をする動物だから気をつけろ、武力で国の将来が決まるぞ』と云う思想で『仏教排撃運動』までに拡大し、平和への想像力を失うところでした」
「危険でしたね」
「ところが、その危機から救ったのはやっぱり仏教だったのです。『あの頃、先頭に立って国を守ろうと活躍した志士達の心底には、すでに仏教心が備わっていたから、最後まで平和への想像力を失わなかったのだ』と祖父が言っていました」
「しかし、本当に危なかったですね」
「仏さまから見ますと、ほんの一瞬で極一部の日本人に多くの人が翻弄された出来事でしたが、本当に危ない時期でした。仏教は、大戦後、戦争放棄を謳った世界に例がない素晴らしい日本国憲法の第三章、第二十条で『信教の自由』が保障され、安神不動となり、本当の平和を勝ち取りました」
「日本人は仏教が創り上げた芸術品なのですね」
「面白い表現ですね。しかし、芸術品は少しオーバーですよ、作品ぐらいにしましょう。それにしても、西谷さんはブラジルで長く暮らしておられるから日本人を客観的に観れるのですね」
「日本人の長所、短所がよーく分ります」
「私は、あの飾らないジョージさんの自由放漫に振舞うブラジル人魂を見て、社会は、そして、宗教も人間中心でなければならないと確信しました」

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