「いつのひにかかえらん」
『いつの、ひーにか、かえらん』
「やまはあおき、」
『やまは、あーおーき、ふーるーさーとー』
「みずはきよし、」
『みずは、きーよし、ふるさとー』
先駆者の霊が精霊となって現れ始め、見る見るうちに驚く程の数になった。ほとんどが無表情を装った中に『故郷』の歌を一緒に口ずさんでいた。参列者と同じく故郷を思い出したのであろうか、目を潤まして歌っている。長い間、密林をさ迷って、男も女もたくましく、インディオの様に日焼けし、言い合わせた様に長くなった髪は日本人だと判る結びであった。
『故郷』の歌を頼んだ先駆者が、
《ついでに『赤とんぼ』も歌ってくれ、お願いだ。『ふるさと』は懐かしい日本の故郷を思い出させてくれたが、『赤とんぼ』は遠い昔の懐かしい幼い頃を思い出させてくれるんじゃ》
中嶋和尚が少し声をつまらせて、
「皆さん、『赤とんぼ』もお願いします」
「『故郷』も『赤とんぼ』もコーラスで歌うと賛美歌に似ています」
そう言って出遅れた遊佐の指揮なしに『赤とんぼ』の歌が自然に始まった。
『夕焼―け小焼けーの、赤とんぼー、負われーて見たのは、いつの日か、
山―の畑の、桑のみを、小籠―に摘んだは、まぼろしか、
十五―で姐やは、嫁に行き、お里のたよりも、絶えはてた、
夕焼―け小焼けーの、赤とんぼー、とまっているよ、さおの先』
参加者全員が日本で暮らした幼い頃を思い出し泣いてしまった。
『赤とんぼ』を歌い終わると、中嶋和尚が、
「歌はお経以上に先駆者を慰め、そして、歌によって先駆者がお集まりになりました・・・。皆さん、ありがとう御座いました。これから、謹んで慰霊祭を始めさせていただきます」祭壇に一礼してから、中嶋和尚は木魚をたたき、御題目を唱え始めた。参列者の方に一礼をして、参加を促すと、歌によって結束した参列者全員が加わった。
そして、十分後、
『南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、・・・、南無妙法蓮華経』
お題目の合唱は元食堂と台所を揺るがし、遊佐のペンションをも揺るがせ、アマゾンの密林に響いた。これ以上続くと収拾がつかなくなるのではと思われた時、驚くほどの数の先駆者の精霊を確認した中嶋和尚は祭壇に向かって頭を下げ、『チ~ン』と仏界に届けと御鈴を鳴らした。大合唱は指揮者に従う様に止まった。