ホーム | 文芸 | 連載小説 | 日本の水が飲みたい=広橋勝造 | 連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(72)

連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(72)

ニッケイ新聞 2014年1月4日

中嶋和尚は祭壇に集まった先駆者達にもう一度お辞儀をすると、

「ご焼香願います」と参列者に伝えた。西谷が率先して最初の焼香をした。彼の後に列が出来、焼香が続いた。

中嶋和尚はアマゾンの緑の大海に仏教の一滴を落とせたと思ったが・・・。

『南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、・・・』

参列者全員が焼香を終わらせた。

中嶋和尚は『チ~ン、チ~ン』と御鈴を鳴らすと、成仏して嬉しそうに抱き合い祭檀に集まった仏達にもう一度頭を下げた。その喜び合っている一団の陰で、かなりの数の精霊達が成仏をためらっていた。その中から、日の丸の旗を結びつけた鍬を霊剣のように右手に翳して霊獣化した強者が現れ、何かを伝えようとした。中嶋和尚は霊験を新たに、その訴えを捕らえた。

《ボーズが今頃きて、弔いに来たなんぞ信じられん! もう遅い、帰れ》と厳しい霊告が中嶋和尚に伝わってきた。

中嶋和尚は、経験のない密教の心で交霊を試みた。

『貴方達を漂う霊として、長い間、密林に放置し、申し訳ありませんでした。お許し下さい。お願いです。成仏して下さい』

《なに空疎な言葉ばかり並べおって、死んでも死に切れなかったこの心情がわかるものか! お前みたいな若僧には分かるまい》

《我等の本当の苦しみをお前は一つも分っていない・・・》先駆者達の叫びに、

『・・・』中嶋和尚はなにも応えられなかった。これは仏門を志す者にとって失格を意味するものであった。

中嶋和尚は、幼い頃、嘘をついて、祖父に「人間として失格だ!」と怒鳴られた時のような心境であった。あの時、側にいた優しい祖母から言われた「仏の顔も三度まで、なんですよ」の言葉に、過ちの重さを知り、後悔したのを思い出した。

『「仏の顔も三度まで」です。仏でも許せない事だってある事を私は承知しております』

《その通りじゃ! 我等の苦しみを分ってくれたか。お前は、本当に分かってくれたようじゃ、こ奴は偉い坊主じゃ!》そう言い残して霊獣化した強者は涙を流し優しい顔となって中嶋和尚の前から消え去った。

中嶋和尚は参列者に向かってお辞儀をしてから、

「本日、皆さんが先駆者の霊を弔い、成仏させて下さった事に、この祭壇に集まった先駆者の感謝の気持ちを代表してお伝えします。『ありがとう御座いました』。ですが、まだ半数の先駆者は成仏を躊躇なされています。長い年月、この密林の中に放り出され、霊獣となってさ迷い続けた苦しみはそう簡単に癒されないのです。時間が必要です。その時が来れば皆様の真心が通じ、成仏されると思います」

「それまでここに滞在していただけませんか」

image_print

こちらの記事もどうぞ