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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(109)

ニッケイ新聞 2014年3月1日

「警察ではアメリカに逃亡したのではと情報があるそうです。同一人物であるかどうか、彼の写真を添付します。確認してください。十年前の写真ですので、それを考慮して見てください。事件の詳細は分かりません。

また、何かありましたらご遠慮なくご連絡下さい。  以上、立花道高〕


 黒澤和尚はメールに添付された写真を開いた。

「古川さん、そのニセ和尚はこの方ですか?」

「うぉ! 奴です。確かにそうです」

 直ぐに、黒澤和尚は返信メールを送った。


〔早々の情報提供有難う。写真から見ると彼に間違いないそうだ。 以上、黒澤光明〕


 時代遅れの中嶋和尚がインターネット画面を覗き、感心しながら、

「あのバーチャル寺の話もびっくりさせられましたが、電子メールって凄く便利ですね」

 古川記者が、

「便利な世の中になりましたよ。身元がすぐ分かるからね。この森口、何をしでかしたのでしょうね」

 黒澤和尚が、

「南伝仏宗は正式な宗派ではなく、又、既に解散しています。それに立花道高からの情報では森口は僧侶ではありません」

 中嶋和尚が、頭をさすりながら、

「僧侶の悪は、僧の世界から見ますと、そんなに悪い事ではありません」

 古川記者は取材ノートを素早く取って、

「僧の世界って一般と違うのですか?」

「僧侶の世界は世襲制も含めて伝統を守らなければなりません。その伝統とは古いシキタリを守る事でもあるわけです。その中にはいい事もあれば今では許されない事もたくさんあります。だから、僧侶は、千年前の社会の仕来りと現代の常識とに挟まれて生きていかなくてはなりません」

「千年前の人間ってどんな人達だろう?」

「千年前には一番レベルの高い人達でしたが、現代の常識から見れば道徳レベルの低い人間です」

 古川記者は取材ノートにメモしながら、

「現代から見れば野蛮な常識外れの人間ですか」

「僧侶達は、それで何世紀も過酷な社会を生き抜いてきたのですからね。それに、資本主義や共産主義もなかった世界でしたし・・・」

 古川記者はメモしながら、

「千年前の化石人間か・・・、僧侶を深く発掘調査すれば、千年前の社会の有様が見えるかも知れませんね。もしかすると、今の中東の一部の様な過酷な社会だったでしょう」

 黒澤和尚が、

「百年前までは世界は強者が支配する社会でしたでしょう。その中で伝統を守って来たのですからね。だから、今、宗教が絡んだ事件は、余りにも常識外れで、今の法律では裁き切れないのですよ。お布施に対しては税務署もどうしていいか態度を決めていませんし、それに闇金でもないですからね。あるお寺はヤクザの資金洗いに利用されていたと聞きましたが、お寺は無罪だったそうです」

 それに頷きながら中嶋和尚が、

「お金や女性に対して、現代のルールは当てはまらないのです。私の仕えた先輩僧なんか、女の檀家さんにだらしなくて大変でした」

「つい最近まで、女の権利なんて無かった社会でしたからね。それに、金融規則とかも無かった時代でしたから、現代の人間の常識や法律にマッチするわけないですよ」

「千年前の常識から見れば立派な僧ですが、現代社会からすればダメなわけですね。しかし、修行僧には厳しいです。仕来りを矛にした先輩僧には全くやりきれません。幼稚ないじめにあって大変でしたよ」

 古川記者が取材ノートを取って、

「現代社会と大昔の仕来りに挟まれた考古学的価値ある化石人間ですか。う~ん、これは記事になるな~。しかし、僧侶も大変ですね。それに、禁断なんて私には絶対に勤まりませんよ」

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