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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(112)

ニッケイ新聞 2014年3月7日

黒澤和尚が古川記者に、

「ここは女が男を選ぶのですね」

「そうですね。と云う事は、女は素人ですよ」

首に絡んだ女の手から逃れながら中嶋和尚が、

「古川さん、こんな事困ります!」

「今更なに言っているのですか、早速、彼女と交渉してください」

「なんの交渉を?」

「勿論、ベッドに入る値段交渉ですよ」

「えっ! なんて事を! それは困ります」

「私を見てて下さい」

そう言って、古川記者はカンパーリと云うイタリー生まれの赤いドリンクをマルレニに提供した。彼女が一口飲んだのを確認すると、

「(いくらだ)ねーちゃん」

「(なによ、ロマンスもなにもないんだから・・・、そうね~二百ドルよ!)」

「(こんな田舎街で二百ドル?! 高いじゃないか。二百レアル(百ドル)の間違いじゃないのか?)」

「(じゃー、百五十ドルでいいわ!)」

「(それでも高いなー。百ドルにしてくれよ)」

「(ケチね! まっ、それでいいわ)」

古川記者は、面の皮が厚いストレートな言葉で交渉を成立させると、

「二百ドルを百ドルにしました。半分のデスカウントですよ」

「そんな事、絶対ダメです!」

中嶋和尚のきつい声に、古川記者が自慢顔と当惑した顔を一緒にして、

「そんな、遠慮なんかしないで・・・」

「遠慮じゃなくて、私はダメです」

「じゃー、ダメかどうか試したらいいじゃないですか。上手くいくかも・・・」

「誤解しないで下さい。そのダメとはダメの意味が違います」

古川記者は中嶋和尚の一生懸命の辞退を無視して

「(バネッサと言ったな。いくらだ?)」交渉を始めてしまった。

「(二百ドル)」

「高~い!」

中嶋和尚が古川記者の独り勝手の行動に待ったをかけ、

「古川さん、ダメです。やめて下さい」

酔って聞く耳を持たない古川記者は、

「高いですね! 百ドルに下げさせますから、任せてください」

「やめて下さい」そう言って、手を振って断る中嶋和尚を見て、勘違いしたバネッサが、

「(じゃー、特別に百ドルにしてあげるわ)」

「百ドルにすると言っています」

「と、とんでもない。百ドルなんて人に値段を付けるのは人権問題です」

そう言って断る中嶋和尚の態度を誤って判断したバネッサが、

「(ダメ? 今日は、お化粧が悪かったのかしら、それともドレスが・・・)」

「(勘違いするな。君はもっと価値ある人だとさ)」

「(? それ? ・・・、どう云う意味?)」

「(俺も、こんな交渉は初めてだ。理解に苦しむー)」

「中嶋さん! もう一度確認しますが、百ドルでは安過ぎるのですか?」

「人間が百ドルなんて、この様な値段交渉をとがめます」

「(中嶋は、百ドルでは困るそうだ)」

「(ふざけないで! タクシー使って来たのよ・・・)」

「(まだ分かってないな。お前は、もっと、価値が、ある、人だと・・・)」古川記者は間違わない様に一言一言確認しながら言った。

「(???! それ、本当?)」

「(しつっこいな。本当の本当だ!)」

「(信用できないけど、こんな素敵な褒め言葉初めてもらったわ。それで、いくらにするの?)」

「(自分で決めろよ)」

「(えっ!? 私が決めるの? 困るわー、つまり・・・、私が私に・・・? 簡単じゃないわよ。頭がこんがらがって・・・)」

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