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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(162)

「密教の教えの中に、生きながら仏を目指す『即身成仏』(そくしんじょうぶつ)があります。だから密言(みつごん)で呪(まじ)い、座禅を組めば生き仏になれるかもしれません」
「密言はマントラ、その漢訳は真言(しんごん)ですから真言宗ですね。とすれば密教の大御所の空海和尚すなわち弘法大師が編み出した技です。私達にその大業が出来るでしょうか? 黒澤和尚」
「これは、密教の高僧が出来る霊域です。我等には無理かもしれませんが、・・・、やりましょう!」
「生き仏とは? つまり、ジョージを半殺しにするのですね?」
「古川さん、縁起の悪い言葉は言わないで下さい」
「じゃー、生殺しで葬儀して、身体から霊魂だけを抜き取るわけだ」
 古川記者は自分が納得できる言葉に代えて取材ノートにメモした。
「その分離したジョージさんの霊魂を森口の下へ送りましょう」
「しかし、ジョージさんの霊魂だけでは無理です」
《ジョージ殿の霊魂を拙者と混ぜてくれぬか、それで・・・》
 取材ノートにメモしながら古川記者が
「魂を入れ替えるのですね」
「入れ替えは出来ません。村山羅衆から、霊を取ってしまえば村山羅衆は存在しなくなります。ですから、村山羅衆はジョージさんの霊魂と融合してもらいます。ジョージさん、死の危険が伴いますがいいですね」
「大丈夫ですよ。ジョージは死の危険には昔から慣れていますから」
 ジョージが古川記者の言葉を無視して、真顔で、
「どんな危険が?」
「魂を失ったジョージさんの身体がどうなるか不明です」
「魂が無くなった身体は生きられるのかな? ・・・、そうだ! パウロに面倒を看てもらおう」古川記者がパウロを呼んだ。
『(ジョージの抜け殻の面倒を看てくれ)』
《(心臓と肺を動かせばどうにかなるだろう)》
「もう一つの心配は、ジョージさんの霊魂が自分の身体に戻れなかった場合、身体は植物人間となり、魂も迷ってしまうかもしれません」
「つまり、ジョージがお化けになるわけですね」
ジョージが苛立って、
「それは、その時になって心配すればいい。黒澤和尚、お願いします」
 今度は古川記者が、
「その他に危険は?」
「そうですね、サンパウロでジョージさんが呪い移った人間が死んだ場合、一緒にジョージさんも亡くなると思います」
「もう、俺を受け入れるアレマンと云う頑丈な身体を手配しましたから、大丈夫です」
「では、ジョージさん、ここに横たわってください」
 中嶋和尚の指示で、ジョージは祭壇の下に寝転んだ。
「オンア、ボキャーベー、ロシャノウ、マカボダラーマニ、ハンドラ、ジンバラ、ハラバリタヤ、ウン」
 黒澤和尚は秘密の呪文を三回唱え、続いて『金剛頂経』の経典を唱え始めた。中嶋和尚も加わった。
 それから五分、ジョージは眠りに落ち、青い炎がジョージの身体から舞い上がった。その青い炎は四方に五メートルほど膨張した後、収縮を始め、青黒いジョージ像が現れた。
「ジョージの霊魂だな」古川記者はその一部始終を新しい取材ノートに綴った。
 村山羅衆にジョージの霊魂が飛び移った。
《ジョージ殿の霊魂にはたくさんの怨念霊が付きおって、重苦しい!》
《我慢しろ! これでも中嶋和尚に拝んでもらって怨念を掃ったんだぞ》
「村山羅衆、いいですね? では『觔斗雲』(きんとうん)に乗ってサンパウロへ」

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